片翼の影

□十二ツ影
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「あら、フェローはどうするの?
こんな調子じゃ、いつになったら会えるのかしらね。」
「で、でも……。」
「あなた、本当にやりたい事って何なの?」
「本当に、やりたい事……。」

呆然と呟いたエステリーゼ。
彼女はやはり、自分のやりたい事が明確に見えていないのだろう。
だから、目の前の問題にすぐに飛び付くのだ。

「……それで、どうするんです?
ラーギィさんいわく、ドンに回す時間の余裕も無いそうですけど……。」
「……はんたーい。」
「分かってるよ、おっさんの考えは。……けど。」
「聞いてしまったものね。」
「うん、ギルドとして、放っておけない話……、かもだし……。」

レイヴン以外、誰も反対意見を口にしない。
弥槻も異を唱えたいが、これは、凛々の明星と遺構の門の問題だ。
部外者の、しかも新人である弥槻が口を挟める事ではない。

「……おっさん知らないもん。
青年達が勝手にすれば良いじゃないのよ……。」
「でも、おっさんが俺達の事考えてくれたのは、素直に嬉しかったぜ。」

そう肩を竦めるユーリに、レイヴンはしゃがんだまま彼を見上げた。

「……そりゃあねぇ。
気に入ってる若人達の力にはなりたいじゃない。
普通は然り気無く後を付けるだけだっつの。」
「おっさんみたいなのに気に入られても、ウザいだけなんだけど……。」

リタの呆れたような言葉にも、レイヴンは全く動じない。

「頑張ってる若人って、応援したくなるじゃない?
おっさん、今になって大将の気持ち分かったわ。」
「誰です?大将って……。」

エステリーゼの疑問に、レイヴンは立ち上がりながらニッコリと笑う。

「ひーみつ♪」
「……うざ……。」

リタの言葉を背に、やり取りを見守っていたラーギィの肩に手を乗せたレイヴンは、何事か呟いた。
小さすぎて、他より少し耳が良い弥槻にも、よく聞き取れないほどに小さな声。

「……妙な真似はするなよ。」
「………………チッ。」

一瞬、ラーギィの表情が歪んだのは、見間違いだったのだろうか。




******




「おーおー、やれやれ青年!!」
「あんなに渋ってたのに、随分楽しそうですね。」

闘技場は、異様なまでの熱気に包まれていた。
そんな熱気のなかで、熱心に野次を飛ばすレイヴンは、先ほどまで話を受けるのをあれほど渋っていたのが嘘のような楽しみようだ。

「んー?だーって、無敗のチャンピオンってのも見てみたいし、見る分にゃおっさんこう言うの好きだし。」
「……そうですか……。」

そんな話をしているうちに、ユーリはあっという間に勝ち進み、遂に次の対戦相手は、現チャンピオン。
会場のアナウンスも、これまでもは違い、随分熱が込められている。

「まだまだ盛り上がって行くぜ!
そう!次こそメインイベント!
……紹介しよう、大会史上、無敗の現闘技場チャンピオン!!」
「さぁ、どんな奴が出てくるのやら。」

ギルドを、街を乗っ取ろうとする輩が出てくるのだ。
弥槻達の間に、僅かながら緊張が走る。

「甘いマスクに、鋭い眼光!
闘技場チャンピオン!フレ〜ン・シーフォっ!!」
「え……っ!?」
「ど、どういう事?」

驚くカロル達。
そして、それ以上に驚いているのがレイヴンだった。

「……嘘だろ、大将……!
………の代わりに、何を使おうとしてる……!?」
「レイヴンさん?」

凄まじい勢いで立ち上がったレイヴンに、弥槻だけでなく、カロル達も驚きの表情で彼を見る。

「どうしたの、レイヴン……?」
「……や、何でも無い。何でも無いから……。」

そう言いながらも、レイヴンの顔色は優れない。
しかし、弥槻が声を掛ける前に、更なる驚きが襲った。

「ユーリぃ……ローウェルぅ!!」
「え……?」
「うわ!?」
「……人が降ってきましたけど。」

ユーリとフレンの間。
丁度闘技場の真ん中に、ユーリの名を叫びながら一人の男が降ってきた。
どうやら知り合いらしい。
しかも、あまり良くない方向で。

「あ、あいつ……!ザギ!」
「あーらら、青年ってば、変なのに好かれてるみたいね。」


吹き抜けの闘技場の中央に着地した男は、どうやらザギと言うらしい。
しかし、屋根を伝って来たにせよ、その脚力は大したものだ。

「こ……っ、これは大変!大ハプニーング!
舞台上の主役達も、お株を奪われた感じかー!?」
「ユーリィ!俺に殺される為に生き延びた男よ!感謝するぜ!!」

周囲の騒がしさの中でも、ザギのテンションの高い声は、闘技場に良く響いた。

「……ちっ、生き延びたのは、お前の為じゃねぇぞ。」
「俺を始めて傷付けたお前を、俺は絶対!この手で殺すゥ!!
これを見ろォ!!」

そう言いながら、ザギは自分の左腕を空高く掲げた。
腕には、何やら金属が嵌め込まれているらしかった。

(……あれ、なんか気持ち悪……?)
「うわ、あれ何!?」
「魔導器よ!あんな使い方するなんて……!」
「……おっさん、なんか気持ちが悪くて動悸がするわ……。」
「……大丈夫、ですか?」
「……うん、人の心配より、弥槻は自分の方を心配しなさいな。」

レイヴンがそう笑って、弥槻の背中を撫でてくれているのを尻目に、ジュディスがハッとした様に目を見開いた。
そして、目の前の手すりを飛び越えて、あっという間にザギに向かって走っていくのだ。

「ちょっと!待ちなさいよ!!」
「あーもぉ!!こんな弥槻置いとく訳にもいかんし……!
ちょっと、掴まってろよ!」
「きゃあ!?レイヴンさん!?」
「黙ってろ!舌噛むぞ!!」

そう言いながら、レイヴンは弥槻を抱えて、ジュディス達に続いて闘技場に飛び降りた。

「どうだ、この腕は!!
お前達のせいだ。お前達の為だ!ククク……、ハーッハッハッハ!!」
「人のせいにしてんなよ!!
勝手にテメーがやった事だろうが!!」
「あぁそうだ!俺が勝手にやった事だ!お前達を、殺す為になぁ!!」

ユーリ達に近付くと、そんな噛み合わない会話が繰り広げられていた。

何なのだ、この男は。
そっと地面に下ろしながらも、弥槻が険しい顔をしていたのに気付いたのか、レイヴンが再びその背中をそっと叩く。

「さあ、この腕をブチ込んでやるぜ!
ユーリ・ローウェルぅ!!」
「しつこいと嫌われるぜ!」

観客達がざわめく中、武器を構えた弥槻達と闖入者による、試合ではない戦いが始まった。
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