片翼の影

□十一ツ影
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「……なら、あたしが探す。」
「リタ……!」

そちらはそちらの仕事をすれば良い、とぶっきらぼうに言い放ったリタに、エステリーゼだけでなく、カロルまでも顔を輝かせた。
かと思うと、ユーリもカロルも暇な時に手伝ってやると言い始めたのだ。

「ち、ちょっと!あんた達は仕事やってりゃ良いのよ!!」

慌てたのはリタだ。
だが、そんな彼女に構わず、どうせ着いてくるんだから、とユーリは一向に気にした様子はない。
彼らの様子に、呆れたように溜め息を吐いたものの、その表情は大して嫌がっている風には見えない。
そのやり取りを見ていたエステリーゼは、彼らに向けて深々と頭を下げた。

「……ありがとうございます……!」
「若人は元気があって良いねぇ。」
「皆仲が良いのじゃ!リタ姐良いのぉ。」
「あ、あたしは別に喜んでなんか無いわよ。」

そんな賑やかなやり取りの中、不意にエステリーゼが弥槻に近付いてきた。
まさか文句でも言いに来たのか、と身構える弥槻に、あろうことか、エステリーゼは頭を下げたのだ。

「……弥槻は、私の至らない所を指摘してくれたんですよね。
わざと嫌われるような事を言って、私がみんなに迷惑を掛けないようにって考えてくれたんですよね?
私より年下なのに、リタも、カロルも弥槻もパティもみんなしっかりしてて……。
私もしっかりしなきゃ、ですね。」

突然の謝礼に、驚いたのは弥槻だ。
状況を理解しきれない弥槻に、顔を上げたエステリーゼは、不思議そうに首をかしげる。

「…………そんな事ありません。」

やっと絞り出したその声は、辛うじて裏返ってはいないものの、動揺していることが自分でもよく分かるものだった。
ただ単に、自分が迷惑だと思ったから言っただけであって、そんなことを言われるはずではなかった。
助けを求めようと、普段傍らにいてくれる男を探すが、彼は少し離れた所で肩を震わせている。

「……レイヴンさん。」
「……や、ごめんって……、おろ?」

じとっとした視線をレイヴンに向けると、彼は困ったように視線を外の方に向けた。
かと思うとレイヴンは、外に煙のような物が出ているとそちらを指差す。
見れば、確かに残してきたフィエルティア号から赤みがかった煙が上がっている。

「発煙筒……?直ったのか?」
「とりあえず戻ろうよ!」

すぐにフィエルティア号に足を向けた弥槻達は、先程の部屋に辿り着くまでに掛かった半分以下の時間で船に帰り着いた。
迎えてくれたカウフマンさんは、苦笑いと共に駆動魔導器が直ったことを報せてくれた。

「……まったく、次から次にトラブルを呼び込んでくれて……。
ここに残ったのが私じゃなかったら、あなた達置いて行かれるわよ?」

心底呆れたように肩を竦める彼女に、さすがのユーリも苦笑いだ。

「……ところで、魔導器が壊れた原因は、結局何だったのかしら?」

ジュディスの疑問に、カウフマンさんは困ったように顔をしかめる。
いわく、全く原因が分からないのだそう。
急に動き出したというらしいその魔導器は、専門家であるリタが見てみても、今は特に異常は見受けられない。


「……やっぱり、呪い……?」

自分で言って、自分の言葉にゾっとしたらしいレイヴンは、ブルリと身体を震わせる。
そんなレイヴンを知ってか知らずか、エステリーゼは笑顔で言った。

「きっとアーセルム号の人が、澄明の刻晶を誰かに渡したくて、私達を呼んだんですよ!」
「あ、あり得ない!
死んだ人間の意思が働くなんて……!!」
「そうそう!
だって、死んでだーいぶ経ってるのよ!?
夢物語やお伽噺じゃないんだから!!」

こう言う時だけ仲が良いのか、レイヴンとリタは二人で息もピッタリ合わせてエステリーゼに食って掛かる。
そんな二人に、ユーリはニヤリと口の端を吊り上げた。

「扉は開かなくなる、駆動魔導器は動かなくなる、呪いっぽいよな。」
「……ぶつかられた上、強い魔物と戦わされるなんて……。
ただの探索なら楽しかったのに……。」
「世界は広い、まだまだ人の知恵では分からんことは多いのじゃ。」

ユーリに被せて、少し疲れた様に話す弥槻、そしてうんうんと頷いているパティの言葉に、遂にリタは恐怖の限界に達したらしい。

「ち、違うったら違うの!!」
「痛いっ!?」

半ば悲鳴のような声と共に、ちょうど近くにいたカロルの頭に、強烈な一撃を食らわせたリタは、離れていてもよく分かるほどにひきつっていた。

「……うぅむ……。」
「……どうしました?フルールさん。」

そのやり取りが繰り広げている間、パティは唸り声を上げながら駆動魔導器が収められている床下を見つめていた。
何事かと近付いた弥槻に、パティはうむ、と頷きながら答えた。

「故障の原因は分からんが、どっちにしてもそうとうガタが来とるのじゃ。こんな古いポンコツ魔導器を使っとったら、いつか広い海の真ん中で難破すること必至じゃ。」
「……それは困りますね。」

パティの言葉を受けた弥槻達は、全員がカウフマンさんに視線を向けた。
その無言の要請にカウフマンさんは一瞬たじろいだようだったが、すぐに険しい顔で持ち直した。

「な、何よ……分かった、分かったわよ。
……はぁ、仕方ないわね、港に着いたら新調してあげる。それなら文句無いでしょ!?
もう、大サービスだわ。」

大きく溜息をついたカウフマンさんを尻目に、エステルはパティと一緒に手を叩いて喜んでいる。
ユーリやジュディス達も満足いく答えだったようで、笑みを浮かべている。


「……霧が……。」
「スッキリ晴れたわねぇ。」

そうしているうちにいつの間にかアーセルム号は離れて行き、霧もあっという間に晴れた。
数時間ぶりに見えた青空に、晴れ晴れとした気持ちで船は改めてノードポリカへと進み始めた。
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