片翼の影

□十ツ影
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「弥槻、もし怖いなら、おっさんが手ぇ握ってあげようか?」
「うわっ!見てくださいレイヴンさん!幽霊ですよ!!」
「……やーねー!この子ったら!
あれただの魔物!幽霊なんていないっつの!!」
「……やけに声でけぇな、おっさん。」

外観以上に腐敗が進んだ船内。
その予想以上の腐敗は、漂流期間の長さを物語ると共に、この船の不気味な雰囲気を更に強調させていた。
鏡に写る自分に驚き、一瞬身体を固くしたり、幽霊のような魔物に人知れず息を飲んだり。
弥槻の隣に立つレイヴンの様子が、先ほどからおかしい。

「予想はしてたが、弥槻は怖がらねぇんだな。
……ちょっと期待したのによ。」
「幽霊は怖くありませんよ。
もっと怖いの知ってますし。」
「へぇ?弥槻が一番怖いものって何だ?」

普段のレイヴンなら、弥槻とユーリの会話に入ってくるはずだが、今の彼は言葉少なだ。

「ローウェルさんですね!」
「……へぇ?オレの何処が怖いって?」
「そう言うところですよっ!!」
「ラピードの後ろから睨まれても、全然怖くないぜ。」
「レイヴンさんガード!!」
「残念だったな。今のおっさんにゃあガードの効果は無いみたいだぜ?」
「そんなぁっ!!」

レイヴンを挟み、ユーリと弥槻がそんなやり取りをしている時だった。

「……ひゃあっ!?」
「うおっ。」
「うぉわぁぁぁぁあっ!?」

突然、船が激しく揺れたかと思うと、背後から何かが落ちるようは音が響き、それにあわせて粉塵が巻き上がる。
凄まじい埃で視界が悪い中、弥槻は勢いよく何かに抱き付かれた。
手加減無しに締め付けるその腕に、弥槻の意識は半分ほど飛びそうになっている。
直前に聞こえてきた悲鳴はレイヴンの物だった。
苦しいです、と抗議しようと抱き付いているそれを叩けば、まとまりの無いボサボサ頭の感触がある。
今、弥槻に抱き付いているのはレイヴンなのだ。

「くる、くるし……。」
「……やっぱりビビってたんじゃねーか。」
「……あーーーっ!!
ごめん弥槻!しっかりしてちょーだいって!!」
「……おっさん、今の弥槻をんな風に揺さぶったら、幽霊の仲間入りしちまうぜ。」

ガクガクと揺さぶられ、弥槻の意識はほとんど真っ白になりかけていた。
ユーリの言葉に、ハッと我に返ったレイヴンが、申し訳なさそうに弥槻を背負った。
この状態で歩かせる訳にはいかない、と言う事らしい。
その間に、ユーリは先ほどの轟音と共に落ちてきた鉄格子を調べていた。
しかし、どうやらピクリとも動かせない。

「こりゃダメだな。
先に進むしか無いらしい。」
「えーっ!?まだ行くの?」
「おっさん、一人で残るか?」
「絶対イヤ!一人にしないでっ!!」
「……レイヴンさん……。」

船幽霊って知ってますか……?

普段とは違い、地を這うような弥槻の声が、すぐ耳元で聞こえてきた。
背負っているから当たり前なのだが、レイヴンは突然のその声に、文字通り飛び上がった。

「ひゃん!?」
「おっさんはっ、なんにも知らないっ!!」

耳を塞ぐ為に、背負っていた弥槻から手を離したレイヴンは、混乱状態のままで先へと進む扉を突き破る勢いで走っていってしまった。

「……ありゃあ相当ビビってるぞ。」
「……あそこまで怖がるなんて思わなくって……。」

レイヴンの怯えように、思わず顔を見合わせたユーリ達は、誰からともなく笑い出し、咲きに行ってしまったレイヴンを追い掛けた。



******



「……歩きにくいですよ、レイヴンさん。」
「……や、悪い……。」
「いい歳した親父が娘に抱き付くなよ……。」

普通逆だろ、と呆れるユーリの背後の扉が、不意に開いたかと思うと、人影が姿を現した。
もう無理っ!!と言わんばかりに首に回された腕に力が込められ、弥槻は正直生きた心地がしない。

「良かった……!みんな無事だったんだね!!」
「ぅえ……?少年!?」
「ろ、ローウェルさん……!」
「おいおっさん!弥槻を幽霊にする気かよ!!」

涙目で自分に助けを求める弥槻を、レイヴンの腕から引っ張り出し、ユーリは肩で息をしている彼女の背中をさすった。
ようやく落ち着いてきた弥槻が目をやると、何とカロルだけでなく、船に残してきた他の仲間達も全員いる。
しかも、操舵を任せていたパティも一緒に、だ。

「ね、ねぇ。みんなの無事も確認できたんだし、こんな所早く出よう、よ…………。」

カロルがそう言っている途中、嫌な音が聞こえてきた。
彼らが入ってきた扉の方からだ。
バタン!と音を立てて閉まった扉は、慌てたリタとエステリーゼの二人がかりでもびくともしない。

「あ、開かない……!?」
「幽霊の仕業じゃな!」
「冗談きついってパティちゃん!!」
「……きっと、この船の悪霊達が、私達を仲間に引き入れようと相談してるんです……!」
「や、止めてよエステルぅぅぅう……。」

怖がっている四人は、出口を封じられたことで更に怖がり始めた。
レイヴンに至っては、さっきと同じ様に、再び弥槻にすがり付いている。

「ここが駄目になったからって、閉じ込められた訳じゃないですよ。
出口はあるはずです!行きましょう!!」
「だな。他の出口探すとしますか。」
「本格的に探検出来るのね。楽しみだわ。」

心なしか楽しそうに他の出口を探し始めた三人に、他は信じられない、とでも言いたげな面持ちだ。

「ちょっとちょっと!弥槻もジュディスちゃんも青年も!
何でそんな冷静でいられるのよ!!」

もはや体裁を取り繕うことを放棄したレイヴンに問い詰められ、弥槻は何故そんなに怖がるのかと首をかしげる。

「相手は人間じゃないんですから、何もしてないのに怒られる様な事は無いはずですよ?」
「…………ごめん。
嫌な事言わせちゃったね。」

弥槻の言葉に、レイヴンが一瞬だけ目を伏せた。
二人の会話が聞こえてしまったユーリは、何も言わずに弥槻の手を引っ張る。

「じゃあ弥槻、怒られに行ってみますか!
行くぜ!ジュディ、ラピード!!」
「あら、楽しそうね。」
「ワフッ!!」
「こらーっ!勝手に人の子連れていくな!!」

全く怖がっていないユーリ達に取り残されては敵わないと、他の仲間達も慌ててそれに続いたのだった。
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