風の螺旋階段

□Episode02
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翌朝。
加護が戻ったマーリンドの街を出る時がやって来た。
宿屋から出たスレイは、深呼吸をして澄みきった空を見上げる。
遅れて出て来て、あくびを噛み殺すルミエールに苦笑しながら、ライラがこの街の加護天族に挨拶をしようと提案した。

「スレイさん、ロハンさん達に挨拶して行きましょう。」
「うん。そうだね。」

その提案に頷いたスレイ達は、大樹の傍らに佇むロハンとアタックに声を掛けた。

「ライラは〜ん!上手く行ったみたいやんか〜!」

そう言いながら、ライラに突進したアタックと言う名のノルミン天族は、ライラに避けられた事で頭から転んだ。
被っていた兜の角が刺さり、じたばたともがいている。
そんなアタックに苦笑いし、花が咲き始めた大樹を見上げたロハンは、スレイ達に笑顔を向けた。

「少しずつだが、大樹に祈りを捧げる人間も戻ってきた。俺も頑張ってみるよ。」
「良かった!これで安心して旅立てる。」
「えぇ〜っ!行ってしまわはるん〜?」
「はい。アタックさんもお元気で。」

残念そうな声が聞こえるが、あいにく兜は刺さったまま。
見かねたライラが、苦笑して仕方なく地面から抜いた。
さすがライラはんや!と懲りずに抱き付こうとするアタックとライラのやり取りに皆が笑っていると、決意したように声を上がった。

「わ、私も残る!」
「……えっ。えーっ!?」
「アリーシャ、どうして!!」

アリーシャがここに残る事を宣言したのだ。
スレイ達は驚いてアリーシャを見る。

驚き、何故だと詰め寄るルミエールとスレイに、アリーシャは俯いた。

「だって……、正式にロハン様を祀る人を見付けた方が良いだろうし……。」
「じゃあ、ロハンさん祀る人見付けたら出発しよ!」
「……アリーシャ、もしかして……。」

ルミエールの提案にも、アリーシャは首を振るだけだ。
ハッとしたスレイに、アリーシャは取り繕うような笑顔を浮かべた。

「それに!レディレイクにマーリンドの状況も報告しなくては!バルトロ達のほとぼりも冷めた頃だし、一緒にいたら、また巻き込んでしまう。
……もちろん、もっと一緒に旅をしたい!だが……。」
「……アリーシャ……。」

旅がしたい。まだまだ世界を見たい。

だが、それと同じくらい、国を想い、民を想っている。
その想いがひしひしと伝わってきて、ルミエールは思わずアリーシャの手を握っていた。

「……ルミエール、私の分もスレイを頼む。」
「……ほとぼりが冷めたら、また旅しようね。」
「あぁ、もちろんだ!……フフ、何でルミエールが泣きそうになっているんだ……。」
「それはアリーシャの方だよ。」
「……アリーシャ。」

涙を堪えながらも笑うアリーシャに、何も出来ないルミエールは唇を噛む。
彼女をスレイに譲り、ルミエールは小さく息を吐いた。

「ルミエールさん、気を落とさないでください。」
「…………うん。」
「アリーシャさんに露呈した時点で、彼女の性格からこうなることは分かっていたんですの。」
「…………そっか。」

ルミエールの光でも、怪我以外は治せない。
対価で見えなくなったものならなおさらだ。

「今までありがとう、アリーシャ。」
「……こちらこそ、ありがとう。スレイ。」

そう言って、手を握り合う二人に、まるで小説みたいだ、とルミエールは小さく笑う。
アリーシャが決めたことだ。
そこに、自分達が口を挟む隙間など無い。
そう割り切ったルミエールの目の前で、二人に茶々を入れる様に傘が広げられた。

「雰囲気作りすぎ。」
「今生の別れでもあるまいし。」

肩を竦める仲間達に、苦笑いを浮かべたスレイは、改めてアリーシャに向き直る。

「アリーシャも気を付けてね。」
「頑張るよ。穢れの無いハイランドを作る為に。」
「俺も、俺の夢を追う。」

頷き合う二人だが、アリーシャはすぐに背を向けた。
数歩歩いて、思い出したように一礼して去って行く。

「……アリーシャ……。」
「お気持ちは分かります。……ですが。」
「分かってるよ。……行こう。」

アリーシャの勇ましい後ろ姿を見送ったスレイは、拳を握り締めた。
ライラの言葉に頷き、アリーシャが消えた道の奥を見据えたスレイは、意を決したように逆方向に歩き出した。

「良い雰囲気だったのに……。」
『あれはさすがに雰囲気作りすぎ。』
「ハハハ……。」

しんみりとした空気のなか、マーリンドの出口が見えてきた時、街の扉が、向こうから開けられた。

「で、伝令!緊急だ!!」

青い甲冑を身に纏った男が、切羽詰まった陽に声を張り上げる。

「帝国が……!ローランス帝国が攻めて来た!!」

新たな問題が、巨大な壁として目の前に立ち塞がったのだ。
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