黒のJAZZ・MUSIC

□黒の序章
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「あ、」



財布がない。










―――――――…


黒の序章

―――――――――――……






まさか、数年ぶりに池袋へ帰ってきたと言うのに


いつも借りている車庫の支払いをするときに、自分の財布が無い事に気付くなんて。

スリにでもあったのだろう。

なんて、冷静に考えてみる


「ついてない日ね。」


鞄兼ソフトケースの中身をただ見つめる事しか出来なかった。


「譜恋さん、あれだったらまた後日でもいいっすよー?」

ソフトケースとにらめっこをしていた私を見て、言う

まだ幼さを残した顔に、深緑のバンダナを巻いている管理人が言う。


「支払いが遅れるのは好きじゃないから、ガキは黙ってちょっと待っていて」

「なんかさらりと酷い事言いましたね。てか、まさかの路上っすか!」


ニヤニヤしながらこっちを見ているが気にしない

「もうすぐで荷物が来るはずだから、ガレージ開けて適当に入れておいて。それと」

夕方ぐらいには戻るから、と言いギターを背負って私は来た道を引き返した。








とりあえず、ガレージに来る前にコンビニに寄っていた事を思い出したのでもう一度寄り、そこら辺に落ちて無いか探す。

まぁ、ソフトケースに入れていた物が勝手に落ちる訳もない

スられたのは間違いないだろう。


「考えても始まらない……か」


ぼそっと呟いて、ソフトケースからギターを出す。


マイクはいらない


準備を整え、深呼吸をし







…………――すぅ、






―――らーら……ら

愛と言う言葉で――

ほころびを繕う私達――



私とギターが歌いだす。


愛は私を何処へ誘う?――

夢の彼方、それとも絶望か――

らーららー…ら――






「あれって、もしかして!」

「ヘル?!」

「本物かよー?」

「本物よ!ほら、だってギターに死神の絵が!!」

「池袋に戻ってきたー!!」



手を伸ばせば消えてしまいそう――


人々が私の回りに集まり讚美をする


貴方はそのままでいて欲しい――


久々の池袋での路上

あまりに人が多すぎて酔ってしまいそうだ



だけど、居心地が良い

酔いそうなのに居心地が良いのはおかしいが…そんな感覚



「あ!あれ、ふーちゃんじゃないの?!」


あぁ、エリカがいる


「ホントだー!!ヘルだぁっ!」

「戻ってたんだな、池袋に…」


ゆまも京ちゃんもいる……


良く見れば静とセルティも遠くで見ているではないか……

頭がぼぉっとする…けど、ギターを引く手の感覚はしっかりある


最後のパートを引き


今、永遠を探すから――




ギターの余韻が残る


余韻が終わった瞬間、歓声が響き渡った

一瞬、此処はステージか何かかと思ってしまう

懐かしい日々を思い出す
…と、今は感傷に浸っている場合ではない、目的を果たさなくては


コトッ

私は自分の足元にシルバーの灰皿を置いた。


「あなた方にとって、私の詩はどのくらいの価値だった?」

周囲にいた人々は妖しく光る灰皿を見つめていた

「私に教えてくれない?……お金じゃ無くても良いし、入れなくても良いの」


私の詩に価値が無いと思うなら


「別に、唾でも吸殻でも好きなように入れたらいいわ」



そう言葉を切ると
人々は何かにとり憑かれたように、灰皿に思い思いの物を入れて去って行った。



小銭を入れる人もいればレシートを入れる奴もいる。

どっかの割引券を入れる奴もいればお札を入れる人もいる。



まぁ、こんなところかしら。


灰皿に入りきらないほどの物の前にしゃがんで、見つめながら彼女は手を合わせ



「有り難うございました」


まるで神様に祈る様に。





パチパチパチ…パチッ


「さすが、都市伝説ギタリスト」


「あら、臨也聴いてたの」



数年ぶりの再会

最後に話したのは高校の卒業式以来だったはず。


「久しぶりだね、てかまだヘルはやってたんだぁ」

「いや、財布をスられたから車庫代だけでも稼ごうかと。」


相変わらず、こいつは嫌な所を突いてくる

「まぁまぁ、そんな不機嫌な顔してたら、せっかくの可愛い可愛い童顔が台無しだよ」


「童顔で悪かったわね」



そう返事をすると私はギターと灰皿を片付け始める

京ちゃん達や静、セルティの姿はいつの間にか居なくなっていた


「譜恋ー」


……

「レーン!」


私のぼぉっとした頭に、臨也の声が響いた



「…うるさい…何」


臨也の方を振り向く

「これは何でしょう?」

そこには無くしたはずの、私の赤い長財布と、それを摘んでゆらゆらと揺らして楽しそうな顔の臨也。

「………私の財布、何で持ってるの…?」


何なんだ、こいつは


「数時間前にレンを見つけてさ、話し掛けようと思ったらスリにあっててビックリしたよ。一応、取り返しておいたけど…馬鹿だねー」

鞄に入れとかないと、と注意する臨也
てか、数時間前にスられてたのね、私。


「ソフトケースが私の鞄なの」

「相変わらずだなー、高校のときも教科書とかいろいろ入れてたよね。」


「そうね、とりあえず返してくるくれる?」


「てかレン、しゃがむの止めた方が良いよ?スカートだし見えるぅーっ」


「話を反らさないでいいから、返して。免許証とか入ってるから。それ無いとバイク乗れない。」


ソフトケースを担いで立ち上がり私は財布に手を伸ばす


「はい。」


手渡されたのは免許証のみ


「いや、財布も」


「稼いだ金あるじゃん」


なにこいつ、訳わかんない


「もう、いいわ。」


そう私は言うとガレージに向かう


「あ、え?ちょっと、レン」

臨也は急ぎ足で私に近づいて隣に並ぶ


「つれないなぁー」

「そんな、簡単につられても困るわよ」


あはは、残念。と笑顔で言う。


「この23才児」







「あ、譜恋さんお帰りっす!と、ついでに臨也さんお久です」


「ついでは無いよ、嵐くん。せめて譜恋さんの彼氏とか…」


「黙っててくれる?ごめんなさい遅れて…はい、車庫代」


臨也の言った事は無視し、万札を数十枚手渡す


「どうもっ!!あ、荷物は言われた通りガレージに入れといたんで!!」

にかぁっと、白い歯を見せて笑った嵐くんは、お金を受け取ると同時に、42と書かれた鍵を渡された。


「ありがとう、」

いつの間にか辺りはすっかり暗くなっていた


「レン、そういえば住む所は決めたの?」


「いいや、でも1週間ぐらいならガレージで過ごそうかと」


「今の時期はまだ、寒いよ?風邪引くぞー」


また、何かを企んでいるのだろうか
彼は笑顔を絶やさずに調子良く話し掛ける


「じゃあ、どっか良いところ紹介しなさいよ。情報屋でしょう?」


ちょっと意地悪な言い方をしてみた


「んー…、レンが俺の家まで送ってくれたら、とっておきの所を紹介するけど。」

「はいはい。」


一体、臨也は何をしに憑いて……ついてきたんだろうか

私と臨也の足音が夜のガレージに響く

その音を聞きながら考えていたが、答えを出す前に42番の車庫に着いてしまった


「毎回思うけど、でかいよね。」

5メートル近くあるシャッターを見つめながら

「車庫事態もだけど車庫のある敷地もさ。興味深いね、嵐くんは」


臨也の話を聞き流しながら私はシャッターを開ける


ガラガラガラガラッ

ガシャンッ


「じゃあ、その“とっておき”を教えて貰いましょうかね」

「おー、送ってくれるんだぁ?」

「なるべく早めに決めたいのでね。来良の入学式迄に」

「……?…あぁ、数学だっけ?」

一体、どこまで知っているんだ、こいつは。


「まぁ、いいや。車に荷物乗っけてよ。道案内するから」

「今から行っても大丈夫なの、そこは…?」

今から??
一体何を考えているの?


「俺の許可があれば大丈夫、大丈夫。」


「……乗って」



何か裏があるのを薄々感じながら臨也を助手席に座らせる

私の愛車に荷物を乗せるのはさほど時間はかからなかった

もとから段ボールが数個しか無い上に、全長4メートル以上ある車体は後3、4人乗れるスペースがあった。


「とりあえず新宿までー」

「はぁ…、私はタクシーじゃないのよ」



レッツゴー!と言わんばかりのテンションを出す臨也


シャッターが自動的に閉まるのであまりに気にせず、そのまま愛車を受付カウンターまで走らせた。


「ふゃぁあ…あ、譜恋さんお疲れ様でーす」

眠そうな目をこすり欠伸をしながらの挨拶。

「お疲れ様ー」

「臨也あなたは何もしてないでしょ、嵐に挨拶出来ない、邪魔。」

シートベルトを外し助手席にいる臨也を押し退け、ガレージの鍵を手渡す。

「また、近いうちに来るわ」


「了解っす!」



シートベルトを締め直し、アクセルを踏む

「ベルトしててよ」

「わかってる、レンは運転荒いから言われずともするから」




本当にこいつは


「臨也はいつも一言余計よ」






そう言い捨て、私はお気に入りのJAZZが入ったCDをオーディオに入れ再生ボタンを押した




JAZZミュージックとエンジン音を奏でる黒く大きな車は新宿を目指すべく、池袋の夜へと同化していった。



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