土井利
□紫陽花
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6月、雨があがった後に紫陽花は色あざやかに咲き、山々の緑も深くなって行く。
新野先生の薬草畑は薬草だけでなく雑草も茂ってくるため、このままでは養分が取られてしまう。利吉は雑草取りの手入れを手伝っていた。
「胸が苦しいんですよね」
「どうしたんですか」
「いや、私じゃないんですけど、胸がどきどきして苦しくて、何も手につかないんです」
「それって土井先生のことですか」
いきなり当の本人の名前を出されたので、利吉は動揺し、あわててごまかした。
「ち、違いますよ!私の知り合いです!」
「…そうですか。いえね、土井先生が同じようなことおっしゃるものですから、恋わずらいでは?と申しあげたんですよ」
「恋わずらい!? 土井先生がですか?」
「ええ、ある人のことを思うと苦しくなるとおっしゃるんです」
「…ある人ってどんな人なんですか?」
「さぁ?そこまでは聞きません。
かわいいお嬢さんじゃないですか?」
「そうですか…」
「だから申し上げたんですよ。きちんと気持ちを伝えて、だめだったとしても、はっきりと振られないと恋わずらいは治らないですよって」
土井先生が恋わずらい?
…誰に?利吉が知っている半助の時間なんて少しなのだ。知らない半助の世界があってもおかしくない。
「利吉君のお知り合いにも伝えてあげて下さい」
私が土井先生に気持ちを伝える?
…そんな事できるはずがない。
せつなさだけでなく、不安、焦躁までが加わり、利吉の恋わずらいは、さらに悪化してしまった。