Laboratory (another)

□【ぬら孫】蛙の気持ち(鴆 昼若 番頭)
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私(わたくし)、薬鴆堂の番頭を務めております蛙妖怪でございます。
日々、商売繁盛をモットーにシノギに励んでおりますが、利益を上げることばかりに心を砕いているわけではございません。
薬鴆堂を営む薬師一派の頭領、鴆様の健康管理にも最新の注意を払い、身の回りのお世話もさせていただいております。
ですが、私の努力も虚しく、またしても鴆様が病床に臥せられてしまいました。
今回は、特にご無理をなさった訳でも、気候の変動があったわけでもございません。
おいたわしいことです。

「鴆様、薬湯をお持ちしました。」
私は返事を待たずに部屋の障子を開けました。
鴆様は、顔をしかめ、布団の端をぎゅっと握りしめて苦痛に耐えておられました。
なんでも、体内の毒が神経に障ると、全身を刺すような酷い痛みに苛まれるのだそうです。
鴆様は私の姿を視界の端に捉えたようでしたが、言葉を紡ぐ余裕はなく、低く呻いて僅かに頷かれました。
薬は置いておいてくれということです。
私は横になっていても手が届く位置に薬湯を置き、枕元のたらいの水で手拭いを湿らせて、額に滲む汗を拭って差し上げました。

「何かごさいましたらお呼び下さい。」

鴆様はまた僅かに頷かれました。
私は物音を立てないように気をつけながら部屋を後にいたしました。
これ以上して差し上げられることはないのです。

母屋の廊下を歩きながら、ふと、薬鴆堂に雇われた頃のことを思い出しました。

薬鴆堂に雇い入れられる前から、鴆という妖怪の通り一片の知識は持っておりました。
最強の毒を宿すことと引き換えに、短命で儚く弱い妖怪だと。
ですから、頭領とは名ばかりの、大人しく、か弱い妖怪だろうと想像しておりました。
けれど、実際に会ってみれば、儚いなどという印象からはかなりかけ離れたお方で、大変驚かされたのは言うまでもありません。
そして、開口一番、存外に低くて落ち着いた、なんとも耳触りの良いお声で、
「お前さんが番頭やってくれるって妖怪か?色々と苦労をかけることも多いが、よろしく頼むぜ。」
と、そう言って相好を崩されました。
関東最大勢力の幹部でありながら、他者に垣根を作らない態度に私は好感を持ちました。
ご奉公にあがってそう時間も経たないうちに、鴆様の下僕たちへの接し方、医療に関する知識の深さと治療に際しての手際の良さ、判断の素早さを目の当たりにして、この方にお仕えして間違いないと思ったものです。
それは、後に、鴆様が倒れられるのをも目の当たりにし、「儚い」という意味を十分に理解した現在でも変わりはありません。

鴆様は、気が短くて頑固なところもありますが、豪胆で懐深く、冷静さと優しさをも備えていらっしゃる。
本家のリクオ様とは違った種類のカリスマ性を持ったお方です。
生来の虚弱さがなければ、奴良組の幹部などには収まっていなかったかも知れません。
体の弱さが惜しいと感じているのは恐らく自分だけではないでしょう。
もしかすると、鴆様を裏切った前の番頭、蛇太夫もその辺りに葛藤があったのかもしれません。
もちろん、私は決して裏切ったりはいたしませんが。

今はただ、鴆様が一日も早く良くなられることを祈るばかりです。
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