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「決定的な決め手っていうのはね、――何にも限らないけれど、大事なのは判断の直後と直前だよ。
どういう状況をもってして判断したのかが大事ってこと」
パスタ鍋を両手に抱えてせっせと流水で洗うわたしに、静かにゆうひさんは囁いた。
ゆうひさんは物事をあれこれ思考するのが好きだ。
哲学的な思想を自分のものにするのが好いのかもしれない。
一生懸命考えて練り上げた持論を、よく彼女はわたしに説いてくれた。
ゆうひさんには他人には知れない魅力がある。
クールビューティー、かわいい、美しい、神秘的?
そんな形容詞は出尽くした。
ちがう、ちがう、この人にはもっと相応しい言葉がある。
だけれど口になんてしない。
そうすれば永遠に彼女をわたしのものと捉えられる気がしたから。
だけれどそれは独りよがりな勘違い。
それでも、たとえ勘違いだろうと間違えたままだって構わないという安心感を彼女はくれた。
そういう人だった。
「あたしの判断は妥当だったの」
「うん、ゆうひさんは慎重だったね」
「間違ってないよ。報告の人選も心の準備も気持ちも、全部完璧だから」
「……一番、か」
ぷくぷくと巨大な鍋に浮き上がる泡を見つめた。
わたしの信念とゆうひさんの信念、少しでも重なっているというのか。
感慨深そうに遠くを見つめる視線はいつになく柔らかい。
底の見えるワインの瓶が彼女の余裕を見せているよう。
ねえ、
本当に余裕なの?
わからない。
「ものには時ごろってもんがあるの。
旬とか季節とか言うでしょ、日本の文化。
ココはどこよりもそういうのを重んじるところだから、サ」
「…本当にそんなこと思ってるんですか?」
「まあさか」
けらけらと笑う。
奇麗な肩から下がる美しいライン、あなたの半生を表す優美の色。
そのなかに一体何が秘められてるの、
あなたは何を纏っているの?
――見えない何かがあなたの美しさを造る。
虚勢じゃない、衣装じゃない、装飾じゃない……あなた自身が一番知る獰猛な美しさ。
「だから、結論からいうと、
総合的に考えてあたしの判断は正しかった」
「そうですね」
アルコールの熱に潤んだ瞳をじっとわたしに向けて、
きゅっとゆうひさんは笑顔を作った。
細い指の間に揺らめくワイングラス、
一種の迷いも戸惑いも決意もひとつに纏められてしまったみたいだ。
見慣れた笑顔もこういう風に眺めてしまうとかえって不安定で、
完成された形こそが真の未完成であり終結の見えない一つの作品とも言える。
言い換えれば完成がなければ未完成はありえない。
何物かの未完成を得てして事柄というものは終焉を得る。
すべての終わりは始まりに繋がるんだと知った。
ならば完結、完成はこの人のこれからの人生にとって正しい選択肢なのか?
はたまた最初から、
これは劇団なり運命なり神様なりに定められていた路でゆうひさんはそれに従っただけなのか……わたしには知る術も必要性もない。
「惜しまれて去るの、夢だった。
山のような拍手を浴びるんだよ。ねえ、見てて。やり遂げるから」
...12/27 あなたは完成を告げました...