百神
□小春ノ月ノ舞ノ席
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「やはり変ではないでしょうか……衣を替えてきた方が、」
「それをすれば弁財天様は気づかれるだろうな。もしかしたらコノハナサクヤヒメ様にも話がいっているかも」
「うあぁああ……」
その可能性は十分にある。彼女は袖をつまんで溜め息をついた。
少年が「はい顔上げる」と声をかけるので、少女渋々従う。彼はその目尻にスッと紅を引いた。
「ゔー……」
「ん、終わり。その顔やめる」
少女の化粧を請け負っていた少年は、満足気に相好を崩す。対して少女は不満気に彼を睨んだ。
そのとき、弁財天がひょっこりと顔をのぞかせた。
「あら、似合ってるじゃない、“それ”」
「……弁財天様っ!!」
「ちょっと様子を見にきたんだけど、ふーん……あら、紅引いたの」
少女はキッと柳眉を吊り上げ険しい顔をする。が、弁財天には通じない。
「どうしてこの装束なんですか……!?」
少女の、歯の間から出たような声もものともしない彼女は、すぐさまからりと言い切った。
「だってあんた舞えるでしょ? ーー白拍子」
「舞えますが!」
「だったら問題ないじゃない」
「そういうものですか」
少女は物憂げに首を傾げ、諦めたように答える。
その身に纏うのは、白い水干に緋の袴、主とした装飾に白鞘巻、立烏帽子の代わりに薄い紗の被布(かづきぬの)だ。まさに巫(めかんなぎ)の白拍子のようである。
巧く化けた、と弁財天が感心しているそばで、少女は被布を目の前に下ろした。
「まったく……あんまりからかわないでやってください。八つ当たりが来るのは俺なんですよ」
「似合ってるんだからいいのよ」
「…………」
反論はできない。
それでも何か言い返そうとした少女を見、次いで時間を確認すると、意外と準備に時間をかけていたことがわかった。
「弁財天様、お時間が」
「あら、もう?
じゃ、楽しみにしてるわね」
「責任重大……!?」
弁財天が去り際に残して行った言葉に少女は固まるが、まあ当たり前といえば当たり前だろう。だが、この局面でじたばたする種類での往生際の悪さは、あいにく持ち合わせていない少女だ。さすが腹の括り方が違うと少年はひそかに賛辞を贈った。
しゃらん、と歩くと鈴音がする。黒髪の上に乗せた被布に着けたそれは、邪を払い魔を退ける役割を持つ。
少女と共に少年は膝をついた。
「……参りました」
無言の内、少年は壁際まで下がる。少女は立ち上がってぱん、と扇を開く。ーー唐突に、それは始まった。
ひらりと身を翻すたび、はたはたと被布が肩に流れ、二度と起こる事無い形を創る。その扇は昔、若宮によって与えられたものだった。
「……」
ふと、気まぐれがはたらいた。懐に手を突っ込むと硬く冷たいものがあたる。それを取り出して口元に当てると、鋭く高い音がした。