百神

□降矢災厄
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アポロンは、もっぱら太陽を司る神だと云われる。しかしそれ以前に、竪琴、予言、牧畜、弓矢を司る神である。
そして、その弓矢は。











「君はホントにすごいよね」

「……いきなりどうなさったのですか?」

ギリシャ平原。穏やかな気候と丘陵のここで魔神を探し歩いていた少女とアポロンは、体力を回復させるために小休憩をとっていた。
そこでこの一言である。少女はわけがわからないというように首を傾げてアポロンを見た。

「あ、声に出してた?」

ぱちぱちと瞬きを繰り返し、アポロンは苦笑いする。
彼は子どものように見えて、その実は少女よりも永く生きる神。複雑な思考に陥ることも稀にだがあった。しかしそれも少女が見ていない間のことで、だからその姿を見られるのは今が初めてだ。
ただし、少女は気にした風もなく彼を見てこくりと首肯するに留まったが。

「別に、大したことじゃなくてさ、ただ君はすごいなって思っただけ。これだけたくさんの神を解放するなんて、そうそうできることじゃないもの」

「わたしからすれば、これだけ多くの神様がたが封じられるなんて事態がそうそうないことだとも思えますが……」

少女の微苦笑に、アポロンも「確かにそうかも」と答え、否定はしない。かく言う彼とてこの少女と、彼女と共にいる少年に救われた身である。ただ、アポロンの言葉の意味はそれだけでは無い。

「この間、ロキを解放したでしょ?結構反対されていたのに」

「トール様やオーディン様はされませんでしたが、そうですね」

「……うん」

魔神へと身を堕とした北欧の神、ロキ。彼を解放したのは割合最近だった。そのときのことをアポロンも、もちろん少女もよく覚えている。
彼を解放する際にはヴァルキリーや、特にヘイムダルは相当に渋ったらしく、トールには気を付けろと言われ、ヴァーリには渋い顔をされた。オーディンはまぁ、義兄弟を頼むぞと豪快に笑っていただけだったが。
少女はアポロンとともにそれらを回想し、彼の言わんとするところを悟ったようだった。

「つまり、アポロン様がおっしゃりたいのは……ええと、どうしてそんな風に言われる神様を、危険を冒してまで解放したか、ということですね? それに関しては簡単に答えが出ますよ」

アポロンは目を見開いて彼女を凝視する。少女は笑って肩に引っ提げていた彼の弓を膝に降ろし、ゆっくりと撫でる。彼女は静かに目を伏せた。

「最初は、まぁ若宮様から与えられた仕事だったから。途中からは自分の意志で。囚われるのは、……辛いから」

曰く。彼が生まれつき神であったのは、既にどうにもならないことで、それによって何を司ろうも自分では決められない。決められないものはどうしようもない。それを責めたところで詮無いことだし、かえって双方が傷つくだけ、と。













アポロンの弓矢は、それをもって疫病を撒き散らす。延いては、彼は疫病神の性格も持ち合わせる。

「それがどういう結果になったとて、解放した方がどんな性格を持っていたとしても、わたしは誰も責めたりいたしません。だって虚しいだけですもの。……だからわたしは、無いことと思いますがアポロン様に殺されたとしても後悔などいたしませんし、まして、あなたを責めたりなどする気にもなりません。ね?」

アポロンは、ただ不安だった。自分を解放した彼女が、自分と共にいて平気なのだろうかと。ーー否。多くの、おそらくは全ての神が、その不安を抱いているのかもしれない。タナトスなど死の神は特に。
だからアポロンは、答えが欲しかった。本来なら得られるはずの無い答えを、彼女ならばあるいは、と。そして次の刹那。その願いは叶うこととなる。

「わたしは、全ての神様を解放します。怖くなどないのです……というのは嘘ですが、でも」

戦いに宿る鋭い光は、今だけは優しい揺らめきに変わって、アポロンを見つめた。

「石の中に囚われるよりは、わたしの恐怖など微々たるもの。ですから、アポロン様。そのときまで、頼らせてくださいまし」






結論、似たもの同士

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