頂き物

□素直になれない、僕等の
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「…また池袋かな」



頼まれた物を渡しに新宿まで来たは良いものの、雇い主どころか彼の秘書すら不在である。

いくら全世界の女性に愛されて心も身体もポッカポカの俺でも、流石に無人アパートのオフィスは少々物寂しい。


「大体、呼び出しといて出掛けるなんて非常識だよなぁ。あ、そういう人だっけ」

すると、玄関の方から扉の開く音がして、聞き慣れた足音が此方へと近付いて来た。


「ただいまー。あぁ、正臣くんいらっしゃい」

声のした方を振り返れば其処には俺を呼び出して今まで放置していた張本人が居た。

何時もの苛立たしい笑顔を顔に貼り付けて、服の裾が少し切れたり汚れていて、痛むのか肩を庇っている。

これも何時もの事ー…


「臨也さん、また怪我したんですか…」

「心配?」

「いえ」

何時も何時も御苦労様ですね。
もう池袋に行くの止めたら良いのに。

そう溜め息混じりに云えば目の前の男はさも愉快そうにこう云うのだ。

「俺は相当君に嫌われているらしいね?まあ当然っちゃあ当然かな」

「自分でも解ってるんじゃないですか」

違う、本当はこんな事が云いたいんじゃないのに。

「でも俺は君が好きだよ?だって君は
俺の愛すべき人間だからね!俺の言葉一つで嫌悪するその表情でさえ愛しい!」

「少しは黙れないんですか。それに、俺はあんたの事が嫌いだ。その声も、表情も、全て」

そう云いながら消毒液と包帯を救急箱から取り出し、手際良く傷を手当てする。

これも何時もの習慣なのだ。

この会話も、全部。全部。


他人への好意には鋭い癖に自分に向けられる好意にはとことん鈍い。
池袋に行くなというのも単に怪我をして欲しくないからなのに。

ねぇ、いつになったら貴方は俺だけを見てくれますか?

「嫌いとは云ったけど、好きじゃないとは云ってないですよ」

聞こえないように呟けば、本当は聞いて欲しいという欲求の方が勝ったようで。


この言葉、彼の表情。

何時もとは違った日常ー…




「あら、どうしたのよ臨也。風邪でも引いたの?顔赤いわよ」

だけど彼の有能な秘書のタイミングの良さは、何時も通り。


(次頁あとがき)
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