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□らしくない。
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誰もいないリビングに響き渡る玄関のチャイム。激しい雨の音に掻き消されることなく、その音は二階まで響いた。
「はいはーい」
とりあえず返事をして階段を下り、玄関のドアを開けると、そこには暫く会ってなかった二つ年下の幼馴染みの姿。
「…マサキ?」
「………今晩、泊めてください」
びしょ濡れでいかにも不本意そうに目を反らす彼の腕には、同じくびっしょり濡れている、小さな子犬が抱かれていた。
「は?家出?ふざけないでよね」
「大真面目っすよ」
「おまっ…また瞳子姉に迷惑かけて…」
ムスッと頬を膨らませて胡座をかくマサキにため息をつきながら、私は彼の拾ってきた子犬の身体をバスタオルで包む。
聞けば、家出途中に拾ったらしい。
つぶらな瞳で見上げてくる姿に保護欲が掻き立てられたとかなんとか。
「んでまた何で家出?」
「……喧嘩、したんですよ」
「……ふーん」
長年の付き合いだ、彼の言い分が嘘だということなど、すぐに分かる。
けれども、珍しく落ち込んだ様子が窺えるのも確かなのだ。
何か事情でもあるのだろうと、沈黙を通しておく。
「で?このワンちゃんどうするの?」
「ははっ、ワンちゃんなんて可愛い単語、瑞希さんには似合わないですよ。犬っころで充分じゃないですか?」
「黙れクソマサキ。人が優しくしてれば調子に乗りやがってコノヤロー」
「だって似合ってないですよ?」
「知ってるよバカヤロー」
はあ、とひとつため息をつく。
マサキはいつも通り。
怖いくらいに通常運転だ。
…けれど。
「…似合わないのは、アンタもでしょ」
「え?」
「捨て犬拾ってくるなんて、ガラじゃないくせに」
「…五月蝿いですよ」
「だって似合ってないですよー?」
「……っ」
ほんのりと朱に染まった頬が、普段の彼の行いを肯定しているように思えて、ちょっとおかしくなる。
私が小さく吹き出すと、彼はさらに顔を赤くした。
その赤みが怒りから来るものなのか、それとも羞恥によるものなのかは、分からないけれど。
「で?この子どうするの?」
「……飼えないんですか、瑞希さんの家は」
「んー、うちの母さん、動物アレルギーだから…」
「…そう、ですか」
しゅんと項垂れたマサキに、思わず目を見開いてしまう。
…こんなに感情を露にする子だっただろうか。
「…何ですか?」
「え?ああいや、何でも」
「…どうせまたろくなこと考えてなかったんでしょう」
まじまじとその表情を見つめていると、その視線に気付いた彼からはジト目を返された。
何なのかとしつこく疑ってくるのが鬱陶しくなって、話題を反らすために、私は再びバスタオルの中の犬へと目を向ける。
何も話さない私に観念したのか、マサキも弱々しく鳴いているそれに視線を移した。
「まあ明後日まではうちの両親出張だし、それまでは預かっといてあげるよ。この子も、アンタもね」
「……宜しく、お願いします」
「よーしそうと決まればこの子の名前決めなきゃねー。無難にポチとか」
「もうちょっと捻ったらどうですか」
「アンタにだけは言われたくないわー」
冗談混じりにそう言って、私は子犬を抱き上げる。
「じゃあタマ」
「犬ですけど」
「んーじゃあマサキ」
「殴りますよ」
「何よー文句言うんなら何か案出してよ」
今度はこっちが頬を膨らませる番。
中々了承が貰えないことに苛立ってヒントを求めてみるが、そういえば彼のネーミングセンスは破滅的だった。
だが自分から振った話題をそこで切ることもできず、私はただ視線を反らして返答を待つ。
「…好きな人の、名前とか」
「は?」
「よく言うじゃないですか。ペットに好きな人の名前つけたら、恋が実るって」
「…なんでそんな乙女チックなおまじない知ってんのアンタ」
「ど、どうだっていいじゃないですか!」
「…まあいいけど。じゃあアンタがつけてよ」
「なっ…!」
顔を真っ赤にするマサキ。
なんだなんだ、好きな子いるのか。
「なな、なんで俺が…!!」
「だって私好きな人いないし」
…そんなに嫌なら言い出さなきゃよかったのに。
ひとつため息をついて、私が口を開こうとしたとき。
「……瑞希、」
「は?何?」
「べ、別に深い意味はないんですからね!?」
いやそりゃ別に大した意味なんてないだろうけどさ。
っていうか今の犬の名前だったのか。
「分かりにくくない?私と名前一緒じゃん」
「〜っ、もういい!!」
怒って部屋を出てったマサキに、私は首を傾げるばかり。
なんで私が怒られなきゃなんないのさ。
「…ワケわかんない」
私はもうひとつため息をつき、子犬を抱き寄せて、ゆっくりとその頭を撫でた。
(…あ、名前どうしよう)
(ま、ポチでいっか)