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□始まりはこれから。
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「好きです、付き合ってください!」

部活の朝練を終えて水道水を飲みに校舎の裏に入ると、突然聞こえた男の声。

反射的に俺は、向こうからは壁が邪魔をして見えないであろう位置に身を隠す。


「ごめんね。私、好きじゃない人と付き合う気はないんだ」


そう軽く流す女の声には物凄く聞き覚えがあった。

そっと気付かれないようにそちら側を覗くと、やはり予想通りの人物。


凍夜瑞希。
同じクラスの不真面目服装違反女。

俺も人のことを言える身ではないが、服装違反はしていないし授業も真面目に受けている。

それで何故俺が不真面目だという印象を持たれるのかは全く理解不能だが、それは今はどうでもいい。


そして彼女は、クラス内には止まらず、学年で一番可愛いと密かに噂される女だ。


「あ、遊びでもいいです!だから…!」
「ごめん。遊びで付き合うとか、あんまり得意じゃないんだよね」


…意外だ。物凄く遊んでそうなのに。

凍夜がきっぱりとそう言うと、男はそうですか、と小さな声で告げて走り去って行った。

…もっと上手く断ってやれよ。涙声だったじゃねえか。


軽くあしらわれたあの男に同情をしていると、今しがた告白を受けていた彼女がいつの間にかすぐ近くまで来ていた。


(ヤバ…ッ)


見付かる、と確信した瞬間、案の定凍夜と目が合ってしまった。


「…あれ、南沢篤志?」
「なんでフルネームなんだよ」


…しまった、つい突っ込んでしまった。
普通は気まずくなる雰囲気のはずなのに。

けれど多分空気が読めないのは俺じゃない、こいつの方だ。


「いやだってあんまり知らないし。友達が噂してるだけで」
「噂?」
「サッカー部エースのエロ沢くん」
「その噂したやつ連れてこい」


どこのどいつだか知らねえがぶん殴る。
誰がエロ沢だ、誰が。


「あー勘弁してやって。あの子腐女子だから好きなのよ、君みたいなネタキャラ」
「誰がネタキャラだ」


…どいつもこいつも、俺に妙な二つ名つけやがって。


「ネタキャラじゃん。その目はリバースカードみたいで綺麗だけど」
「全く褒められた気がしねえ」


なんなんだこいつ。もっと『遊び人』って感じのやつかと思ってたらただの失礼な軽いノリの女じゃねえか。


「あー、それでさ」
「?」
「もしかして、今の聞いてた?」


今更かよ。


「ああ、まあな」
「うわー恥ずっ!最悪!」
「…フラレたあの男の方が最悪だろ」
「こんな告白現場に居合わせる南沢くんが一番最悪」


確かにそうかもしれないが、不可抗力だ不可抗力。タイミングが悪かっただけだ。


「あーもう、誰にも言わないでね?」
「なんでだよ?」
「…恥ずかしいからっ!」


そう言って上目遣いで俺を見上げてきた凍夜はさすが学年一可愛いと言われるだけあって、なかなかに愛らしかった。


「…言わねえよ。俺にメリットがねえし」
「…そう?」
「ああ。つかお前ってそんなキャラだったんだな」
「…どんなやつだと思ってた?」
「尻軽の遊び人」
「最悪」


にやりと笑ってそう言ってやると、凍夜は思いっきり顔をしかめる。

普段の行いが悪いからそう思われるんだろう。自業自得だ。


…けれど、まあ。


「…こっちの方が、好きだな」
「?」


疑問符を浮かべる彼女に早く教室戻れよ、と声を掛けて水道に向かう。

だが凍夜のよく通る声が、すぐに俺を呼び止めた。


「…何だよ」
「ありがとう。知らなかった、南沢くんって良い人なんだね!」


いきなり、花が綻んだように笑うから。

…不覚にも、顔が熱くなった。








今まで何の接点もなかったことを、
今、少しだけ後悔した。
 
 

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