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□いつか、なんて。
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帰り道、彼女に手を握られた。
突然の行動に、心臓が跳ね上がる。
いつもはこんなこと絶対にしてこないから、余計に。
「え、あ…凍夜?」
「神童、私のこと好きか?」
少し屈んで上目遣いで俺を見上げてくる凍夜にうっかりノックアウトしかけたが、慌てて我に返り、彼女を見返した。
「な、なんだ急に…っ」
「…いや、ごめん。やっぱりなんでもない」
そう言って男らしく笑う凍夜は、実は財閥の跡取り娘で俺とは許嫁の関係にある。
とはいっても親同士が勝手に決めたことだから、別に俺たちはお互いを好きだというわけではない。
…そう、俺の一方的な片想い。
許嫁という形だけの関係を利用して、彼女を繋ぎ止めて。
卑怯だと、自分でも分かっているけれど。
それでも、この気持ちを伝えて今の関係性が崩れてしまうことが怖い。
だから、このままで。
…臆病なままで、いい。
「あのさ、」
「?」
「私…好きなやつがいるんだ」
ドクン、と胸騒ぎがした。
だって、あまりにも。
あまりにも、綺麗に。
愛しそうに、目を細めるから。
いつもの冗談ではないのだと、瞬間的に分かってしまった。
「…そう、か」
何を言えばいいのか分からないわけじゃない。頑張れとか、応援するとか。
頭に浮かんだ言葉は、言えたはずだけど。
どうしても、口が動かなかった。
「…ああ。…神童も早く、好きなやつ見つけろよ!私なんかに構ってちゃ、女は寄り付かないぞ!」
いつも見ている爽やかなその笑顔は、今日は酷く歪んで見えた。
「…余計なお世話だ」
「まーまー。許嫁なんて、ただの飾りみたいなもんなんだからさ。お互い好きなように恋愛しよーぜ?」
…ズキン。
胸に、トゲが刺さったような痛みが走る。
俺には、凍夜しかいない。
だから、お願いだから。
唯一のお前との接点を、これ以上…壊そうとしないでくれ。
「…飾りでも、」
「ん?」
「…飾りでも、俺は……!」
ぐっと奥歯を噛み締めて、どうにか泣くのを我慢する。
けれど、どれだけ伝えようとしたって。
この先の言葉が出てこない俺は、やっぱり臆病者だと思う。
「…神童?」
「……ごめん」
小さく謝って、俺は彼女を置いて駆け出した。
いつか壊れてしまうなら、
『いつか』なんて、来なくていいのに。
(お前が私を好きだと答えてくれたなら)
(私の気持ちを、明かすことができたのに)