家主さん

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「ただいま」
「あっお帰りなさい、マサキくん!ご飯にするけど、先にお風呂入る?」
「…ん」


帰ってきた俺をエプロン姿で出迎えてくれる、この家の主、高坂愛菜さん。

先週からいきなり雷門に通うことになって、俺は現在彼女の家に居候中の身だ。


高坂さんはお日さま園出身の孤児。

六年前に財閥の跡取りとして引き取られたらしいんだけど、彼女を引き取ったその夫婦も昨年死去…らしい。

それで今この家には、俺と彼女の二人だけ。

…家広いしお金もあるんだから、使用人でも雇えばいいのに。


「タオルはお風呂場にあるからね!着替えは…洗ったやつが洗濯機に!」


すっと高坂さんの隣を抜けて風呂場に向かう俺の背中に、そんな声が聞こえてきた。

いつものことだろ、分かってる。


「…ああ」
「あと!今日のご飯は誰かさんの好きなオムライス!」


…五月蝿いな、子供っぽいとか思ってるだろ。

恥ずかしいから背を向けたまま小さく小さく頷くと、彼女が微かに笑った気配がした。











風呂から出ると、彼女はリビングで俺を待っていた。


「あ、今丁度ご飯出来たところなんだ。一緒に食べよ?」
「…………」


無言で高坂さんの向かいの席に座ると、彼女はにっこりと笑う。


「いただきまーす!」
「…いただきます」


…相変わらず、高坂さんの作る料理は憎たらしいくらいに旨い。

掃除洗濯なんでもできるし、この人ほんとにお金持ちのお嬢様なんて肩書き持ってて大丈夫かと疑ってしまう。


「どーう?美味しい?」
「…まあまあ」


…悔しいから、絶対にそんなこと言わないけど。


「学校はどう?楽しい?」
「…別に。いつも通り」
「お友達は?」
「…いるけど」


なんなんだもう、この親子みたいな会話。そわそわする。恥ずかしい。


「そっか。じゃあ仲良くやってるのね!」
「…………」


…どこの親バカだ。

大体、五つくらいしか離れてない、むしろお姉さんと呼ぶべきような人と、なんでこんな会話してるんだ俺は。


「今度、また遊びに来てもらわなくちゃね!」
「…いいよ、恥ずかしいから」
「えっなにそれ!私に友達を見せるのが恥ずかしいって意味?友達に私を見せるのが恥ずかしいって意味?」
「…どっちも」
「酷い!!」


…嘘だよバカ、居候の俺が天馬くんたちをここに呼ぶなんて図々しいだろ。

なんて言ったら遠慮するなとか言われて子供扱いされるだろうから絶対言わないけどさ。


「…ごちそうさま」
「ん、私もごちそうさまでした。あっマサキくん、勉強でも見てあげよっか?」


…やたらと世話を焼きたがる彼女に、最初は慣れなかった。

お日さま園じゃ特別構われることもなかったから、俺だけに向けられる笑顔が、やけに新鮮で。

まあ、一週間も経てば自然に慣れてくるわけだけどさ。


「…今日はいい。宿題もないし」
「そっか。あっそうだ、帰り道に美味しいって評判のシュークリーム屋さんでシュークリーム買って来たんだ!食べない?」
「……食べる」


…けど、二人きりの空間には、未だに慣れない。

真っ直ぐに視線を向けられるのは恥ずかしいし、会話が続かないと気まずい。

なのに高坂さんは、なにかと俺をリビングに引き止めようとする。

勉強を教えたがったり、俺が甘いものに弱いこと知ってて、この一週間に三回はシュークリームやらエクレアやらを買ってきては夕飯後に出してくるのだ。

…まあそれに釣られる俺も俺だが。


「良かった!あのね、カスタードクリームと、あとチョコレートクリームの……」


嬉しそうな笑顔を見せて、まるで子供みたいに冷蔵庫へ駆けていく彼女に、俺も少しだけ気分が浮上した。

俺だけを見て、俺だけに笑いかけてくれることが、嬉しくて。


「マサキくん?」
「っ!」


いつの間にか目の前に来ていた高坂さんに驚いて後退る。

疑問符を浮かべる彼女は、俺が考えてることなんて、知りもしないわけだけど。


「どうしたの?あ、もしかしてカスタードクリームより小豆クリームの方が…」


…鈍感で世話焼きで、とにかくお節介な気遣いが、ごくたまに嬉しかったりする。

居候先がここで良かったと、たまに思ったりするのだ。


まあ、ごくごく、たまーに、だが。


「俺はチョコクリーム派。てなわけでこれ貰うから」
「あっ、そっ、それは私のチョコシュー!!」
「二つ買ってこないのが悪い」
「うー…マサキくんの意地悪…」


いつか、二人きりの空間にも慣れるような日が来たなら、それも言ってやろうと思う。

ま、来ないだろうけど。



 

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