女優
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「少しの間だけど、宜しくね」
にっこりと綺麗に微笑んで私たちマネージャーにそう告げる大物女優に、思わず声を失う。
あの水無月椿が目の前にいるなんて、ましてや私たちに話しかけているなんて、今でも信じられない。
けれど唖然としているのは私と音無先生くらいなもので、水鳥さんや茜さんは何の動揺もなく通常運転。
鬼道監督に至っては彼女に目もくれない。指導者としては尊敬するが一般論を考えるとそれも逆にどうかと思う。
「アタシ、瀬戸水鳥ってんだ!宜しくな!」
「私、山菜茜。宜しくね、水無月さん」
仮にも年上にそんな砕けた態度でいいのかとは思うが本人は気にした様子もなくむしろ楽しそうなので何も言わずにおく。
そして、彼女の視線は私へと。
「貴女は?」
「あ、わ、私、空野葵です!宜しくお願いします!」
ペコリと頭を下げると、いきなり沈黙が訪れた。
気まずい空気が手に取るように感じられる。
(あ、れ…)
どうしよう、何か失礼があっただろうか。
不安になって顔を上げようとすると、何かが首に回ってきた。
「にゃー、かわいいっ」
「…へ?」
気付くと私は、水無月さんの腕の中に閉じ込められている状態。
何がどうしてこうなったのか、私自身まったく分からない。
「かわいい。妹にしたい。葵ちゃんって呼んでいい?」
「え?あ、ふ、ふぁい」
一体何が起こっているんだろうか。
彼女の豊満な胸が目の前に。しかもいい匂いがする。
まさしく『女の子』って感じだ。
「宜しくね、葵ちゃん。目一杯愛でるからね、今度うちにおいで」
「ふ、ふぁい」
「葵!!そこで頷いたら駄目だ!!お前の身の危険を感じる!!」
「酷いなあ、水鳥さん」
水鳥さんの言い分も一理ある。
私も今の水無月さんからは危険な香りを感じているところだ。
だから茜さん写真撮ってないで助けてください。
「あ、あの、水無月ひゃん、」
「椿でいいよ、葵ちゃん」
「ふえ、じゃあ椿ひゃん、あの、くるひいれすっ…」
そろそろ息が苦しくなってくる。
それにあの椿さんの腕の中にいるなんて、嫉妬の視線があちこちから飛んできそうじゃないか。
「あっそうだね、ごめんね」
「ぷはっ!」
なんだか勿体ないような気がしないでもないが、改めて思うと剣城くんの前で彼女とイチャイチャするのは駄目だと気付く。
危ない、彼が見てなくて良かった。
「そういやさ、アンタ、剣城と付き合ってんだろ?」
「ん?付き合ってないよ。私の片想い」
「え!?」
「…そうなの?」
片想い…え、片想い?椿さんが…?
いやっありえない、こんなに素敵な女の人は他にいないのに。
キスもしたって聞いたし、普通は付き合ってなきゃそんなこと……
「これから頑張るつもり。だから、ここにいる人たち以外には内緒だよ。みんなにも言っておいてねー」
「へえ、まあ剣城に彼女とか考えられなかったけどな」
…まあ、確かにそうだ。
椿さんに彼氏がいるのはなんの違和感もないものの、剣城くんに彼女がいるのはあんまりイメージできない。
そう考えると妙に納得してしまった。
「じゃあ、キスは…?」
「アプローチ、ってことで」
ウインクをかっこよくキメて見せる椿さんだが、キスがただのアプローチというのはまた過激な発言である。
きっと本人は気付いていないのだろうけれど。
「随分剣城に夢中なんだなー」
「…うん、結構本気」
一瞬、すっ、と彼女の視線が鋭くなったような気がした。
ぞくっと背筋に冷や汗すら感じる。
「ま、私なんかの恋愛話より、みんなの話聞かせてよ!気になってる人とか、いるんでしょ?」
そう言いながら、まるでさっきの感覚が嘘だったみたいに、明るくぱっと花が咲いたように笑った椿さん。
あの冷たい目は気のせいだったんだ、ってほっと息をつく。
「アタシは天馬一筋だな!」
「水鳥ちゃん、それ恋愛話じゃないでしょ」
「なんだよー、じゃあ茜はどうなんだよ!」
「私はしんさま一筋」
「一緒じゃねえか!!」
わいわいきゃあきゃあと果てには音無先生まで混ざって女子トークを繰り広げる女性陣。
すみません、気まずいですよね、鬼道監督。