女優

□04
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「水無月さん、宜しくお願いします」
「ええ、こちらこそ、宜しくお願いいたします」


外行きの面で、最近テレビでよく見る男優と挨拶を交わす水無月。

呆れを通り越して感心してしまうほど、あの演技力だけは尊敬に値する。


「つーるぎー、男の嫉妬は見苦しいぞー?」
「は?」
「他の男と話すくらい見逃してやれよー」
「なっ…だから、違います!!」


浜野先輩の言葉を引き継いだ倉間先輩に言われてようやく彼らが何を言っているのか理解した。

その後ろでは速水先輩がオロオロしている。…気を使わせてすみません。


「剣城!おめでとー!」
「天馬たちの目の前でキスしたんだってなぁ?」
「…見たかった…」
「だから違う!!」


噂というのは怖いもので、先程のことはもう既にマネージャーたちにまで伝わっているらしい。

このままではデタラメが学校中に広まってしまう。そんな勢いだ。


「つーるーぎーくん」


今一番聞きたくない声が背後から飛んでくる。

…なにもかも全てこいつの悪ふざけのせいだというのに、どうして俺がこんなにも悩まなければならないんだ。


「…近寄るな」
「あらー、すごい嫌われよう」
「当たり前だ!こっちがどれほど迷惑していると…!!」
「でもそんなだから、私、苛めたくなっちゃうんだなぁー」
「っ!」


一瞬にして距離をつめられてしまった。
この俊敏な動き、もっと別のことに役立てて欲しいものである。


「離れ、ろ……っ!?」


俺の言葉を遮らせたのは、ふわりと香水らしき匂いとともに首に走った小さな痛み。


「っ、な、」
「シルシ、だよ。私のモノ、っていう」


いわゆるキスマークというものが、今の俺にはついているらしい。

顔がどんどん熱くなっていく。


「っいい加減、迷惑なんだよお前!!」
「あら、照れ隠し?」
「ウザいんだよ!!もう二度と俺に話しかけるな、近寄るな、関わるな!!」
「…ふぅん」


水無月の目付きが鋭くなる。

半端じゃない威圧感に、思わず息を呑んでしまった。


「…一回、お仕置きね」


彼女はそう言い終わらないうちに俺の腕を引き、早足に歩き出す。

この華奢な身体のどこからこんな力が出るのかと疑問に思うほどの腕力。振りほどこうにも振りほどけない。


「おい…!!」


人気のない、けれどひとつ角を曲がれば皆のいる場所。

何をする気だと構えたがそれすら遅く、水無月の唇が俺のそれに触れた。


「んっ!…う、…っ!?」


っこいつ、舌入れて……!!?


「っあ、ふ……っおい、んっ…〜〜っ…!」


ダメだ、いいように遊ばれている。
反抗しようにも、力が入らない。

なんで俺がこんな奴に翻弄されなきゃならないんだ…!!


「はっ…んんっ、ん……」
「…っは、どうかな?大人のキスの感想は」


完全に腰を抜かして床にへたり込んだ俺に、勝ち誇った笑みを浮かべた水無月。

クソ、最悪…!!


「し、ねっ…!この、変態…っ!!」
「死なないけど。いいよ、変態で。あと、まだ終わりじゃないからね?」
「は…!?」
「お仕置き、って…言ったでしょ?」


しゃがみこんで、とん、と膝を床についている俺の胸に手を置いた水無月に、嫌な予感が最高潮まで達する。


「ね…剣城くん、剣城くんって、女の子とエッチしたことないでしょ?」
「なっ…!!」
「しようか、今から」


ドクンと、心臓が跳ね上がった。

嫌な胸騒ぎが止まない。

口元は笑っていても目が笑っていない。

彼女は妙に真剣で…俺はその強い瞳から逃げられなかった。


「や、めろっ…!!」


屈服なんかしたくない。

こんな性根の歪んだ女にしてやられたままなど、プライドが許さない…なのに。


恐怖が身体を支配して、情けない声が出る。

カッコ悪い。
こんな姿、見られたくない。知られたくない。


「怖い?悔しい?ふふ…その表情、最高」
「っく…!!」


悔しい。こんな辱しめを受けるくらいなら、もういっそ、舌を噛みきってしまおうかとすら思えた。


「…しないよ」
「…っ!」
「泣かせてみたかったの、剣城くんのコト」


平然とそう言ってのける水無月に、一気に脱力する。

と同時に、今まで恐怖に押し留められて出てこなかった怒りが込み上げてきて、唇を引き結んだ。


「ああっ…その顔、興奮する…!やっぱり最高、剣城くん」


悦に浸る彼女に、怒りは更に積もる。

けれど、力の入らない俺は、抗議の言葉をはき出すことすらできなかった。




 

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