女優

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「綺麗だよね、『水無月椿』って」


兄さんがいきなり持ち出してきた話題に、思わず飲んでいたコーラを吹き出しそうになる。

なんとか止めて兄さんの見ている病室のテレビの方に目をやると、流れていたのはシャンプーのCM。

そこには、一人の女優の姿。


水無月椿。

15歳の天才清純実力派女優…らしい。

俺はあまり芸能界には興味がないから、それ以上のことは知らない。


…だが。


俺は、彼女の本性を知っていた。


「…水無月か…」
「?京介?」
「…なんでもないよ」


…あのヤローが世間で清純だとか思われていることがまず信じられない。

よくもまあ、あそこまで自分を誤魔化せるものだ。呆れを通り越して感心してしまう。

そこは、流石女優と言ったところか。


兄さんだって考えもしないだろう。


この女が、クソ生意気な猫被り野郎だなんて。












面会時間が終わり、病院を出て商店街へと足を進めると、とある見知った女の顔が目の前に飛び込んでくる。


…今から逃げれば見付からずに済むだろうか。

だがそんな考えも虚しく、変装なのか黒い帽子を被ったその女は、ばっちり俺と視線を交わらせた。


「あ、剣城くーん」
「…気持ち悪いんだよ、その声」


ああ、もう。
二度と、関わりたくなかったのに。


「まーまー。あ、この間私がゲスト出演してた生放送、見てくれた?」
「見てねえ」
「うーそ!見たでしょ?顔赤いよ?」
「五月蝿い!!」


というか、いいのか。大女優がこんなところで油売ってて。


「…っ、マジ最悪……」
「なーんか言った?剣城くん」
「最悪だっつったんだよ」
「そんな憎まれ口ばっかり叩いてる口はまた塞いじゃうぞー」
「本気で黙れお前」


さっさとここから立ち去りたい。なんだってこんな女の相手しなきゃならねえんだ。


「あ、そうそう。今日はちょっと聞きたいことがあって来たんだよー」
「……?」
「剣城くんってさ、もしかして雷門中に通ってたりする?」
「…それがどうした」
「ビンゴ!じゃあ、これからもっと親密になれるね!」
「はぁ?」


わけが分からない。

もっと、と言われても今まで親しくした覚えはない。それに俺が雷門中に通ってることで何かあるのかよ。


「なんかさ、今度私が出演する映画の撮影が、雷門中で行われるんだって!」
「……………は?」
「って言っても、一般生徒が授業してる間にサッカー棟ってところを使わせてもらうだけらしいけど」
「ちょ、待っ…ハァ!?」
「撮影期間は一ヶ月!その間は頻繁に会いに行くからさ!その時は宜しく!」


…話が早すぎてついていけない。

まず雷門中で映画の撮影をするという辺りからよく分からない。


「っんで、雷門……」
「なんかさー、校長?理事長?やらが全面的にOKくれたんだよね」


…理解した。


…コイツ以上に性根の腐ったあの二人なら、簡単に了承しそうである。


「だからさ、宜しく!」
「…というかお前、なんで俺が雷門中に通ってるって知ってる」
「ああ、なんかサッカー棟やらに下見に行ったときにさ、松風くん?だっけ…?面白い旋毛の子が教えてくれたの」


あの野郎か!!

シメる明日絶対シメてやるあいつ…!!


「お知り合い?」
「…五月蝿い、お前には関係ない」
「…あら、そんな生意気言う口には……」

…ヤバい、このままではこの間の二の舞になる……と思った瞬間、彼女のポケットから典型的な通話着信音がした。


「…ちぇっ、いいとこだったのに」


どこがだ。

…ああそういえばまだコイツ一発も殴ってないな。


「はーい」
『バッカヤロウ早く来やがれ!!あと20分だ!!』


こちらまで耳が痛くなるほど大きな男の声。恐らく彼女のマネージャーなのだろう。

こんなところで油売ってるからだ馬鹿が。


「ええー、一時間だけ休憩をやるって言ったのどこの誰よー」
『いいから早く来い!!ドラマの打ち合わせがあるんだよ!!』
「…チッ、分かりましたよ」


渋々(半ば強制的に)電話を切ってこちらに苦笑を見せる水無月。そうだ早く行け。


「ざーんねん。もうちょっと剣城くんと話してたかったけど」
「さっさと行け、二度と顔見せるな」
「それは無理かな?…だってこれから、」


不意に途切れた言葉に違和感を覚えたときには既に遅く、いつの間にか俺の耳元に彼女の顔がある。

慌てて飛び退こうとしたその瞬間、水無月の唇が、俺の耳に触れた。


「ッ!!?」
「毎日、会いに行けるもんね」


ふっと息を吹き掛けられ、耳元で囁かれる。


…油断していた俺は、思わず腰を抜かしてしまった。



 

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