巫女さん

□04
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激しく降りつける雨が、制服のズボンの裾を濡らしていく。

けれど、今はそんなことどうでもいい。


ただ、早く彼女の顔が見たかった。











「昴さん、いますか?」
「あら、いらっしゃいませ霧野さん。どうぞお上がりくださいませ」


奥からぱたぱたと掛けてきて、俺にぱっと花が咲いたような笑顔を見せた昴さんに、少しだけ心拍数が上がる。

ああ、急いで来てよかっただなんて。

なんて単純なんだろうか。


「えっと…お邪魔します」


そういえば、神社の中というのは狭いものだとばかり思っていたが、そうでもないらしい。

神童の家ほどではないにしろ、見たところ俺の家よりは広いと思う。


こんなところに彼女が一人で住んでいるのだと考えると、少し寂しい気もした。


「あら…お召し物の裾が濡れておられますね」
「え」


…そうだった。忘れていた。
とりあえず振り返って自分が来た廊下を確認してみるが、まあ幸いにも床は濡れていない。

けれどこのままでは、確実にこの神社のどこかが濡れてしまう。


(…あ、そういえばユニフォームがあったような…)


そう思い付いて鞄の中を見てみると、予想通り、今日は朝練でしか使用していないサッカー部のユニフォーム。


「何かお着替えをお持ちしましょうか?」
「あ、いえ、大丈夫です。けど…その、着替える部屋を貸してもらえたら…」
「分かりました。では、こちらへ」


彼女が指定した近くの小部屋に入り、俺は鞄からユニフォームを取り出す。

うるさいくらいの雨の音が、本来なら訪れていたであろう沈黙を破ってくれていた。


(…昴さんは、家族とか…どこにいるんだろう)


ふとそんな考えが頭をよぎる。

未来から、一緒にこっちまで来ているのだろうか。

まあこんなこと、もし失礼があったら困るから、聞くに聞けないのだが。


ひとつ息をついて、部屋から出る。

昴さんはいつも通りの笑顔で、俺を客間へと案内してくれた。











「霧野さんは、何かスポーツをしていらっしゃるんですか?」
「え?」


淹れてもらった緑茶に口をつけようとした瞬間に、そう問いかけられる。

いきなりどうしたのだろうと湯呑みを置いて彼女を見るが、そういえば今はユニフォームを着ていたのだ。


「あ…俺、サッカー部なんです」


俺がそう答えると、彼女はそのくりっとした瞳を丸くさせた。


「サッカー…ですか?」
「はい。あ、未来にも、サッカーはあるんですよね?」
「……ありますよ。もっとも…」
「?」


そこまで言って、昴さんは言葉を濁らせる。

…一体、どうしたというのだろう。


「……いえ。これは禁句ワードですね。忘れてください」
「え、あ、はい」


忘れてください、と念を押されてしまっては、何も返すことができない。

それに、彼女の目は妙に深刻だった。

何かあるのだろうと思うと気になって仕方ないが、聞いてはいけないことのようだから、忘れるしかないんだよな。


とりあえず今の会話を記憶から抹消しようとすると、別の記憶が蘇ってくる。


そうだ、忘れていた。

これが今日、ここに来た最大の理由だというのに!


「昴さん!」
「はい、なんでしょうか?」
「あっ…いや!その…っ」


きょとんと可愛らしく小首を傾げる昴さんに、少しだけ胸の鼓動が早くなる。

…それも手伝ってか、彼女を前にすると、さっきまでの自信なんてどこかへ吹っ飛んでしまった。


(お、落ち着け俺!!明日暇ですかって聞くだけじゃないか…!!)


緊張で固まった身体を深呼吸でほぐし、昴さんと向き合う。

なんだこの告白をするみたいな緊張感と不安感は。


「あ、あの!明日…な、何か用事とかありますか…!?」
「?いいえ、これといった用はありませんが…」
「あっ…えっと、その…明日!俺…試合なんです!そ、それで、よかったら…あの、…っ、み、見に来てくれませんかっ!?」


(…い…言った…!!)


「…そう、ですね…」


その言葉だけで、俺の心臓はドクンと跳ね上がる。

そして彼女は少し考える素振りを見せた後、ゆっくりと口を開いた。


「お邪魔でなければ、喜んで」
「ほ、本当ですか!?ありがとうございます!!」


にっこりと笑ってくれた昴さんに、安心感よりも幸福感が募っていく。

思わずガッツポーズをしそうになる衝動と緩む頬を抑え、俺も彼女に一番の笑顔を返した。



 

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