巫女さん

□02
1ページ/1ページ




「う……」
「あ、お気付きですか?」


明るい日差しに後押しされるように目覚めると、一番に見えたのは黒髪の美少女。

白と赤の一般的な巫女服に身を包んだ、優しい笑みを浮かべた少女だった。


「…ここ、は……」


なんだか、怖い夢を見ていたような気がする。人が目の前で死んで、首や腕が散らばって、内臓が飛び出していて、赤い水溜まりが、辺り一面に………


「…っ!!」


瞬間、吐き気がした。

思い出した。…夢なんかじゃない。

人が死んだ。
それも、残虐に、無残に、殺された。

この、今自分の目の前にいる、可憐な少女の手によって。


「…あ、」


声が出ない。
優しく微笑む彼女が、怖くて仕方ない。

身体が小刻みに震える。これほどの恐怖を感じたのは、初めてだった。


そんな蘭丸の様子に気が付いた少女は、張り付けていた笑みを無表情へと変化させ、ゆっくりと彼の両手を自分のそれで包み込んだ。


「っ!?、」
「…ごめんなさいね。こんなことなら、あなたをここへ招き入れるべきではなかった」
「え…」


悲しそうに表情を歪めた彼女に、やっと人間味を感じる。


「…本当に、珍しくて。人が立ち止まることも、通りかかることだって滅多にない。だから、話をしてみたかったのだけれど」


寂しげに笑う少女に、何故だか胸が締め付けられた。ぐっと息がつまる。


「けれど、…見られてしまったからには、もう後戻りはできませんね。…聞きたいことがあるのではないですか?」
「…!」


そうだ。聞きたいことは、山ほどある。



…けれど、それを聞いてしまったら、彼女はまた……寂しげに、笑うのだろうか。

悲しい顔を、するのだろうか。




相手は拳銃を持っていた。彼女を撃ち殺そうとしていた。

それだけに止まらず、彼らは少女を殺すために必要のない存在まで巻き込んで、見境なく発砲をしてきた。

…もしかしたら、何か理由があるのかもしれない。深い事情があるのかもしれない。

そう考えると、その件に関しては、聞くに聞けなかった。



「……ひとつ、だけ」
「……?」
「…名前、教えてください。…その、…言いたくないのなら、いいんですけど…」


しどろもどろになって彼がそう言うと、少女はこれでもかというほどに大きく目を見開く。


そして、張り詰めていた糸をぷつりと切ってしまったように、何の前触れもなく、彼女の瞳からは大粒の涙がこぼれ落ちた。


「え!?あ、ちょっ」
「………っ、……」
「…え?」
「……昴。七瀬、昴…っ」
「昴…さん?」


聞き返すと、彼女は俯いたまま、こくんと小さく頷く。
咄嗟に掛ける言葉が見付からず、蘭丸は視線をさ迷わせる。
彼が言葉を見つける前に、昴は服の裾で頬を伝う涙を拭い、少年に向き直った。


「…ごめんなさい。…初めてだったの。年の変わらない男の子と、普通に話せるなんて」
「え?」


…断じて『男の子』だと分かったことに驚いたのではない。

私服だから女だと勘違いされているのではないかと思っていた不安が晴れたなんてことは一切ない。…断じて。


蘭丸が反応を示したのは、『初めてだった』という部分だ。


「……こうなったからには、話しておかなければなりませんね。…聞いて、いただけますか?」
「あ、ああ……」


真剣な瞳でこちらを見つめてくる少女に、ごくりと生唾を飲み込む。

真っ直ぐに昴を見つめ、次に発される言葉を待つ。

彼女が口を開いた瞬間、


「…私は、未来から来ました」


…瞬間、目が点になった。



 

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ