巫女さん
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(……あれ?)
靡くピンクの長い髪、くりっとした大きな瞳。女と見紛う美しい少年は、現在稲妻町の最北部にいた。
(…こんなところに、神社なんてあったんだな)
彼の目線の先には『外守神社』の文字。
(…ガイシュ?いや、違うか…)
少年の名は霧野蘭丸。
雷門中二年、容姿端麗なサッカー少年だ。
ひたすらにその字と睨み合っていると、小さな鈴の音と共に、神社の奥から一人の少女が姿を表した。
「あら、初めまして。お客様なんて珍しい。宜しければ、中へどうぞ」
にっこりと可愛らしく笑ったその巫女服の彼女に、一瞬ときめく。
だがすぐに我に返った蘭丸は慌てて首を振り、少女に向き直った。
歳はあまり変わらないのだろうが、妙に大人っぽく見えてしまう。
…あくまで、『大人っぽく』である。
老けて見えるとか、そんなことは決してない。
「え、あ…いえ、たまたま通りかかっただけなので…」
「人が通りかかることも珍しいんですよ。何せ街からは外れているもので」
よく通る凛とした声に、いちいち胸が高鳴った。
恋だとか、そんな恋愛絡みの感情ではないのだが、心が惹き付けられてしまう。
不思議な魅力を持った人だった。
「ちょうど茶菓子もあるんです。ゆっくりしていってくださいな」
「…じゃあ、ちょっとだけ」
そんな可憐な笑顔を見せられては、断るに断れない。まあ、断る理由もないわけだが。
「あ、あの…」
「はい?」
「これ…なんて読むんですか?」
神社の鳥居に掲げられた木板に掘られた文字を指差し、蘭丸は少女に問いかける。
「『ういかみ』ですよ。流石に名前の由来までは分かりませんが」
「ういかみ…?珍しい読み方をするんですね」
外を『うい』、守を『かみ』と読むらしい。ひとつ勉強になった、と一人頷きながら、少年は歩き出した彼女の背を追った。
「どうぞ」
「あ…ありがとうございます」
縁側に腰掛けて差し出された湯飲みを受け取り、そっと口へ運ぶ。ほんのり甘いお茶の香りと喉越しに、出てきたのは感嘆の息。
「美味しいですね」
「それは良かった。合わせてお茶菓子もどうぞ」
「あっ…なんだか、すみません。気を使わせちゃって…」
至れり尽くせりな空間につい申し訳なくなって謝罪をするが、彼女は優しく微笑して、おもてなしは楽しいから、と答えた。
「それにしても、静かで良いところですね。空気は済んでるし、緑は綺麗だし」
「ふふ、ありがとうございます」
暫く老人同士のような会話を続けていると、突然、今の今まで静かだった鳥たちが、林の奥で一斉に飛び立ち、五月蝿いくらいに声を響かせる。
と同時に、木々がざわめいた。
「……あらあら、空気の読めない来訪者ね」
「え?」
「……私の傍から、離れてはいけませんよ」
有無を言わさぬ強い声音。
少女が醸し出す雰囲気が急に鋭くなったことに気が付いた蘭丸は、何も言わずに彼女を見つめる。
その視線に気付いて彼女が蘭丸に目を向けた瞬間、拳銃を構えた黒ずくめの男たちが姿を現した。
ぐちゅ、と響き渡る水音。
目前に立つ赤い瞳の少女。
真っ赤に染まった巫女服。
気持ち悪い。吐き気がする。
震えが止まらない。
怖い。
怖い。
怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い。
頭が、おかしくなりそうだ。
彼女の足元に広がる赤い臓物と引き千切られた首を見ながら、蘭丸は遠ざかる意識の中で、虚ろにそう思っていた。
これが、彼女との出会い。
七瀬昴と霧野蘭丸の、物語の始まりだった。