長編

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「そうだ二人とも、剣城くんを知らないかい?」
「剣城?」


もくもくと先程貰ったパウンドケーキを食べていると、隣からそんな会話が聞こえてくる。

そういや剣城くんっていつも朝練終わったらすぐいなくなるな。

というかこのパウンドケーキ、マジで美味い。


「つ…剣城がどうかしたのか?」
「いや、まだお礼を渡せていないんだ…」
「あっ那月さん、剣城なら先にサッカー棟の方に戻ってますよ!」
「えっ…そっか、ありがとう天馬、行ってみるよ!神童くん、僕、先にあがるね!」
「あ、ああ!お疲れ!」


そう言いながら俺たちに背を向けて全速力で去っていく卯宮先輩。部活終わりだというのに元気なものだ。

ぼーっとそんなことを思いながら最後の一切れに手を伸ばす、が。


「…………」


じぃっとこちらを見つめてくる信助くんに、間。


「……食べる?」
「いいの!?やった!ありがとう狩屋!天馬ってばひとくちもくれないんだよーっ!」
「だって那月さんに貰ったものだから、大事に食べたいんだもん!」


……意地汚いだとか食い意地が張りすぎだとかケチだとか、言いたいことは色々あるけど、その前に。


「…天馬くんって、卯宮先輩のこと好きなの?」
「な!!」


……びっくり、した。

…なんでキャプテンが驚くんだ。


「え…す、好き……なの、かな?…うん、好き、多分」
「…ふーん……」


まあ確かに、昨日もそんな素振りは見せていたし、こんな質問も今更――


「ちゅーか、なになに?天馬、卯宮のこと好きなワケ?」
「うわっ!は、浜野先輩!!」
「へー、どこに惚れたのか聞かせろよ」
「く、倉間先輩まで…!助けてください速水先輩!!」
「え、僕ですかぁ…?」


…先輩たちに囲まれてしまった天馬くん。

…いや俺は悪くないぞ、天馬くんが好きだって答えたからこうなったんだ。


「!狩屋、コレおいしいね!」
「え、あ、ああ、うん」


…かくいう俺も、卯宮先輩は嫌いじゃない。
百歩くらい譲るなら、好きの範囲に入っているかもしれないのだ。


(…けどまだ、よく分かんねえや)


好きには好きなんだろうけど、だからどうしたって感じなんだ。

付き合いたいだとか独り占めしたいだとか、そういう感情はまだ湧いてこない。


「おーしーえーろーっ、うりゃっ!」
「い、痛い痛い!浜野先輩痛い!」


…けれどだからって、彼女を他の人に譲る気だけはないんだけど。

この気持ちが恋かどうか俺が知るまで、みんなのものでいてくださいよ?

…那月先輩!











「へっきし!」


くしゃみ一回、良い噂だっけ悪口なんだっけ。

うむむ、忘れた。また調べておこう。


(…いないな、剣城くん…)


どうしよう、やっぱり先にクラスの方へ戻ってしまったのだろうか。

せっかく昨日のお粥のお礼も兼ねて、他のみんなより一切れ増量しておいたのに。


(…僕も、もう戻ろうかな…)


いないものは仕方がない、とりあえず放課後まで退散しておくとしようか。

ああもしくは葵くんや天馬に届けて貰うという手も、『ガチャンッ』


何かが開いた音。

反射的に振り返ると、そこには探していた影…が、あったんだけど。


「っ、卯宮先輩…!?」


うん、まさかその、上半身が裸だとか、そんなこと夢にも思わないわけで。

か、髪が濡れていて色っぽい…ってぼぼ僕は何を!!

…や、やっぱりその、女の子とは違うがっしりとした身体つきに羨ましさを感じたり…じゃない!!違うだろう僕!!


「あ、ご、ごめんよ剣城くん!!そんなつもりはなかったんだ!!」
「…っや、…いいですけど…」


ばさりと彼が服を着たような音の後、しん、と気まずい雰囲気が流れる。

うわああ、僕はなんてことをしてしまったんだ…!


「…あ、の」
「ひゃいっ…!?」
「…何か、用だったんじゃ」
「あっ、そ、そうだ!あの、その…あ、甘いモノは、嫌い…かい?」


きょとん、と剣城くんが小首を傾げて目を丸くする。

…普段はそんな顔滅多にしないからその、なんというか…か、可愛い。


「…いえ、嫌いじゃ…」
「そ、そうか!良かった!あ、これ、昨日のお礼にと思って…」
「え…あ、…わざわざ、すみません」


う…そ、そんな照れたような顔を向けられても反応に困るじゃないか…!

つ、剣城くんは、苦手だ!


「あ、えっと、じゃあ僕はこれで……っ!?」
「…ありがとう、ございました」


腕を掴まれ耳元でそう囁かれ、思わぬ攻撃に僕は腰を抜かしてしまった。



 

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