長編

□08
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「…少し熱いですけど、食べられますか?」
「ん…ありがとう、だいじょうぶだよ……」


正直、驚いた。
まさかあの剣城が、料理だなんて。

ふと隣を見ると、ある意味ラブラブな卯宮と剣城に面白くなさそうな天馬と狩屋、そして神童。

…卯宮は随分と好かれているらしい。


「口、あけてください」
「ん、」


言われた通り口を開ける彼女から滲み出る色気に危ないくらい発情してしまう。

さっきはあんな余裕を気取ってしまったが、あれもギリギリだったのだ。

思ったよりも小さく柔らかかった身体に、つい意識が持っていかれたから。


「…剣城、ずるい……」


…隣の松風からぼそりとそんな一言が聞こえてきたが、あえて聞こえないフリをした。


「…はい、」
「んむっ…ん、おいしいよ、剣城くんの……」


ああっその言い方はやめろ!の、で止まるな、お粥、まで言ってくれ!

そんな顔でそんなことを言われたらたまったもんじゃない…!


「っ、あ、あとは自分で食べられますか」
「うん、ありがとう…」


弱々しいけれど嬉しそうに笑った卯宮に顔を更に赤くする剣城。

ああもしかして、あいつもなのか。

親友として神童を応援したいところなのだが、ライバルは増える一方のようだ。


「あっじゃあ那月さんっ、俺が食べさせてあげますっ!」
「っちょ、天馬くん!」
「お、おい天馬!」
「そんな、悪いよ……」
「いえ、遠慮しないでください!」


恋愛になると積極的になるらしい天馬に、他のメンバーは慌てる。

…自分も立候補すればいいのに。


「はいっ那月さん、あーんっ」
「ん、んっ……ありがとう、天馬」


…凄まじい色香につい惑わされそうになってしまった。

その声は反則だ。


「ちょ、天馬くん!次俺の番!」
「えーっ、なんでだよ!」


…おい頑張れ神童、後輩陣に押され気味だぞ。
かくいう俺も、あの輪に混ざりたくて仕方ないのだが。


「…俺、洗い物してきます」
「い、いいよ剣城くん、僕がしておくから…!」
「…俺が使ったんで」


…素っ気ない態度の剣城が一番ポイントを稼いでいるような気がしないでもない。

やはり女子はああいうのに弱いものなのだろうか。


「…すまない、みんなに迷惑をかけてばかりだ……」
「いえっ、全然!ね!」
「あ、ああ…調子が悪いことくらい、誰にだってある」
「そーそー、風邪の原因だって俺と天馬く……ヤベッ!」
「は?」


何を言おうとしたんだ狩屋。
卯宮の風邪に、お前と天馬が関係あるのか。


「…どういうことだ?」


今日ずっとあたふたしてばかりだった神童にやっと威厳が戻ってくる。

狩屋は気まずそうに首の後ろに手をやった。


「あー…いや、実は……」
「なにも、ないよ。昨日は、お風呂で水をかぶってしまったんだ。風邪は、それが原因だと、思う」
「…そうなのか?」
「お湯と、間違えてしまって。大丈夫だよ、狩屋くん。傘はちゃんと、3つ持っていたから」


…傘など、玄関先の傘立てには、見当たらなかったが。

あの土砂降りの中傘を差して帰ってきて、わざわざその傘を室内まで持ち込むとは考えにくい。


「…そうなんですか?」
「ああ、だから、気を使わないで」


にっこりと笑った彼女に、それが嘘だと確信をする。

嘘をつくのは上手いようだが、狩屋が何を言おうとしていたのかを理解している時点で、風邪の原因はそれだと分かっている証拠だ。

…気を使っているのは卯宮の方じゃないか。


「良かった、悪いことしたなって思ってたんです」
「ごめんね、タイミング悪く、風邪なんてひいてしまったから…」
「や、早く治してくれれば、それでいいですから!」


…卯宮の言うことを信じ込んでいる狩屋たちに、俺は何も言えなくなる。

…ここで嘘を指摘してしまうのは、彼女にとっても嬉しくないことだろうから。


「じゃあ改めて卯宮先輩、あーん」
「ん、あーん…」
「ほら、神童も混ざってこいよ!」
「な!?い、いや俺はっ…!!」
「じゃあ俺が」
「な、き、霧野!?」


何より、この楽しげな空間に水を差したくない。

だから今は黙っといてやるよ、感謝しろよ狩屋!



 

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