長編

□05
1ページ/1ページ




「…う……」


どうする俺。

外はどしゃ降り傘はなし、…もういっそずぶ濡れで帰るか?
…いや、絶対瞳子さんに怒られる。
かといって、帰りが遅くなっても怒られる。

つーか天気予報…晴れって言ってたじゃねぇかよ…!


あーもう、置き傘くらいしていればよかった。

…あ、誰か置いてないかな、傘。

適当に借りようか。


重い腰を上げて荷物を肩にかけ、電気を消して更衣室を出る。

廊下の電気が付いてるってことは、まだ誰か残っているんだろうか。


玄関まで来ると、人影が見えた。
制服着てるけど、後ろ姿に見覚えがない。

あんなやつ、サッカー部にいたっけ…?


と、ここでそいつが振り返る。


「おや、狩屋くん。丁度良かった、今呼びに行こうとしていたところだったんだ」


…ああなんだ、マネージャーかよ。男子制服だから分からなかった。


「あ…すんません」


正直、この人は苦手な部類の人だ。
なんか完璧人間って気がして、気が滅入る。


「雨、強くなってきたから、早く帰った方がいいよ」


…帰れるものなら、帰りたい。

そう思って辺りを見回すが、置き傘は見当たらなかった。

チッと舌打ちをすると、それが聞こえてたみたいで、彼…じゃねえや彼女は不思議そうに俺を振り返る。


「…どうしたんだい?帰りたくないのか?」
「いや…傘、持ってなくて」
「ああ、じゃあ僕の傘を貸してあげるよ」
「え」


うわ優しい、一秒の躊躇いもない。
苦手なんて言ってすんません先輩。


「いいんすか?」
「二つ持っているからね。僕は戸締まりの最終確認をしてくるから、早めに帰るんだよ?」


男前スマイルで、折り畳み傘を差し出してきたマネージャー。
今日この人が残ってて、ラッキーだ。


「ありがとーございます!明日返しますから!」
「ああ。それじゃあ、また明日」


笑って手を振ってきた卯宮先輩に、機嫌の良かった俺は、頭を下げて笑顔を返した。











次の日。

昨日借りた傘と瞳子さんがわざわざ用意してくれたお礼の菓子を持って、朝練に参加する。

けど、肝心の彼女の姿が見えない。

とりあえず近場にいる人に聞いてみるか。


「キャプテーン、卯宮先輩、まだっすか?」
「え?あ、ああ…卯宮、風邪をひいたらしくて…」
「はっ?」


風邪?この時期に?夏風邪は馬鹿がひくものだって思ってたけど、案外そうでも…


「ええっ!?那月さん、休みなんですかっ!?」
「…び、びっくりした…」


いきなり割って入ってきた天馬くんに、俺は心臓止まるかと思った。

……というか、いつの間に名前呼びに。


「せっかく…秋姉がお礼のクッキー作ってくれたのに」
「お礼?」
「はい、昨日、傘を貸してもらっちゃって」


……は?
ちょっと待って、昨日?卯宮先輩に?


「え、天馬くん、それ…ホント?」
「?こんなところでウソつかないよー」


それが本当なら、彼女は傘を三つ持っていたということになる。

…いや、もしかして、二つしか持ってなかったのか?

それで俺と天馬くんに一つずつ貸して、自分はびしょ濡れで帰ったから、風邪ひいた…?

……あれ俺、すっごい悪いことした……?


「…天馬くん」
「ん?何?」
「お見舞い、行こうか。先輩の」


一人より二人。二人より三人。人数が多い方が謝罪した後の気まずさが半減されるはず。


「キャプテンも行きませんか?おんなじクラスだし、心配でしょう?」
「えっ?あ、そ、そうだな…」


よし生け贄ゲット、あと何人か誘って行くか。


…というか、彼女は何を考えているんだろう。

俺や天馬くんのことなんか、放っておけばよかったのに。

結局風邪ひいて、俺らが心配してたら、気遣いとか逆に迷惑なだけじゃないか。


(…気付かなかった俺も俺だけどさ…)


けど、あんなに明るく、当たり前のように差し出されたら、それが嘘だなんて思わないし。

でも俺か天馬くんのどっちかが傘を持って来てたなら、彼女は風邪なんてひかなかったんだろうな。


…ああもうやっぱりあの人は苦手だ。

なんで勝手な気遣いで勝手に風邪ひいた人のことを、俺が悩まなきゃならないんだよ…!


「狩屋?朝練始まるよ?」
「…うん」


…曇りなく笑った卯宮先輩の顔が、頭から離れない。

どうして、信じたんだろう。

どうして、いつもみたいに疑わなかったんだろう。

自分で自分が分からなくなる。


…息苦しい胸の奥を、ぎゅうっと握られた気がした。



 

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ