長編
□04
1ページ/1ページ
「うわ…降ってきちゃった…」
更衣室を出てロビーに出てくると、聞こえるのは雨が建物に当たる凄まじい音。
外には、前が見えないほどの豪雨。
…天気予報のバカ。晴れって言ってたのに…どしゃ降りじゃないか。
置き傘でもしていればよかった。
「うー…止むまで待とうかな…」
こんな大雨の中をびしょ濡れになって帰るなんて、秋姉に怒られる。
というか、これを見越して先に帰るなんて…葵も信助も、なんて薄情なんだ。
一言声をかけるとか、してくれればよかったのに…!
「…松風くん?」
「へ…?」
最近めっきり呼ばれなくなった名字を呼ばれて振り返ると、そこにいたのは卯宮先輩。
…なんで男子制服着てるんだろう。
「どうしたんだい?もうすぐ下校終了時間だよ?」
「あっ…いや、傘…忘れちゃって。そういう卯宮先輩こそ、どうしたんですか?」
「僕?掃除だよ。流石にみんなが帰った後じゃないと、シャワールームには入れないからね」
肩をすくめて見せる先輩に、素直に感心してしまう。
こんなに遅い時間まで居残って掃除だなんて、葵から聞いてた以上の働きっぷり。
「…あの、大変じゃないですか?」
「ん?何がだい?」
「…昨日だって今日だって、一番に来て掃除してるって、葵…いや、空野から聞きました」
「?朝早く起きることは苦ではないよ?」
「や、そ、そうじゃなくて。そんなにいっぱい働いて、疲れませんか?ってことで…!」
そう言い変えると、やっと意図が伝わったらしく、彼女は納得したような顔を見せた。
それから、綺麗に微笑む。
「僕は、選手ではないからね」
「え?」
「どれだけ男性らしく振る舞ったって、僕は女の子だから。選手のように、フィールドで走り回ることはできない」
…なんだろう、このモヤモヤした気持ち。
男だからとか女だからとか、そんなこと…関係あるのかな。
思わず俯いた俺の頭に、思っていたよりも小さい先輩の手が乗っかった。
彼女が苦笑する気配も、微かに伝わってきた。
「けれど、こうしてマネージャーとして働けることは、みんなと一緒に戦えることだと思ってる」
「!」
予想もしなかった言葉に驚いて咄嗟に顔を上げると、真っ直ぐな瞳に闘志を燃やす先輩の姿。
…なんだ、やっぱり性別なんて関係なかった。
「選手の悔しさや辛さは、僕には分からない。だからこそ、マネージャーにしか出来ないことで、選手を支えてあげたいんだ」
子供みたいに無邪気に笑う卯宮先輩がやけにかっこよく眩しく見えて、俺はまた俯く。
…顔が熱くなっていくのが分かる。
…なんか、聞いてたよりも、可愛い人だ。
「…松風くん?」
「…卯宮先輩は、好きなんですね。サッカーも、サッカー部も」
「ああ、もちろんだよ!」
屈託のない笑顔に、俺も自然と頬が緩む。
そりゃそうだよ、好きじゃなきゃ、あんなにサッカーが上手いはずないじゃんか。
「へへっ、俺もです!」
笑ってそう返すと、先輩は嬉しそうに、俺の頭をぐしゃぐしゃに撫でまわしてきた。
「い、痛いですよ卯宮先輩!」
「那月でいいよ。茜くんや水鳥くんのことは名前で呼んでいるじゃないか」
「あ…じゃあ、俺のことも天馬でいいです!みんなそう呼んでるし!」
「そうかい?じゃあ、天馬」
ドクンと、心臓が跳ね上がった。
先輩たちにだって、これでもかって位に呼び捨てにされてるのに。
どうして、那月さんだけ。
「ああそういえば、傘を忘れているのだったね。よかったら、これを」
「えっ、あっ、い、いいんですか?那月さんは…」
「心配しなくても、傘はもうひとつあるよ。部室に人が残っているようだから、まだ帰らないけれど」
ああそういえば、部室に明かりがついてた。まだ人がいたんだ。
「…本当に、いいんですか?」
「ふふ、びしょ濡れで帰るのは嫌だろう?遠慮しなくていいよ」
「うっ…じゃ、じゃあ、その…お言葉に甘えて…」
「ああ。また明日」
優しい言葉に、綺麗な笑顔に、いちいちドキドキする。
…なんだろう。こんな気持ち、初めてだ。
「…はい、また明日!」
なんだか気恥ずかしくて、俺は赤くなっているだろう頬を隠すように、走ってサッカー棟を離れた。