長編
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「あっ…!」
ゴールを大きく外れ、一直線に飛んでいくボール。
さすがシュートボールと言うだけあって、スピードも威力もパスボールとは比べ物にならない。
ボールを目で追うと、その勢い付いた先には、数人の女子生徒の姿。
「あぶないっ!!」
ぶつかる、と誰もがそう思い目を瞑る。
けれど予想した展開や悲鳴は、いつまで経っても訪れては来なかった。
「おお、いいシュート!流石サッカー部だね!」
代わりに聞こえてきたのは、そんな飄々とした声。
恐る恐るサッカー部の面々が目を開けると、そこには女生徒ではなく、片手でボールを受け止める少年の姿。
少年は彼女たちに怪我がないことを確認すると、坂を滑り下りて、手に持ったボールをたまたま近くにいた天馬に手渡す。
それからグラウンドへ向き直って、彼は声を張り上げた。
「卯宮那月、サッカー部入部希望!宜しく!」
唖然とする部員たちを前に、卯宮那月と名乗る彼は爽やかに笑って、頭を下げた。
鬼道監督は、入部テストという形で、彼に部員15人のドリブル突破を命じた。
滅茶苦茶な内容だとは思うが、監督は卯宮に『勝て』と言ったわけではない。
それが分かっているからこそ、部員たちは何も言わなかった。
「では――始め!」
監督の開始の一声とほぼ同時に、彼は切り込んできた。
足にボールが吸い付くようなドリブル。
その美しさに、自然と目を奪われる。
「…ウソだろ」
誰かのそんな声ではっと我に返り、現状を見渡すと、彼は既に四人のメンバーを抜き去っていた。
スピード、安定感、技術……。
どれをとっても申し分ないそのドリブルは、まるで踊っているかのように華麗で。
そして何よりあの楽しげな表情から、目が離せない。
卯宮が十人目を抜いたところで、彼の前に狩屋が躍り出た。
「狩屋!?」
「お前なんかに抜かれてたまるかよ!」
霧野が止めるのも気にせず、狩屋は向かってくる卯宮にハンターズネットを仕掛けようとする。
熱くなっている彼にはきっと何を言っても聞かないだろうと判断し、ドリブルを止めさせるため声を上げようとした、その時。
卯宮は待ってましたと言わんばかりに笑い、スピードを上げた。
「なっ…!」
突然のことに対応できず、狩屋、そして西園と霧野は抜かれてしまう。
残るは俺…神童と、三国さんの二人。
段々とゴールに近付いてくる彼に、こんな状況だというのに、俺には少しばかりの高揚感が湧いてくる。
彼がサッカー部に入ってくれたなら、どれだけの戦力になることか――。
「チッ…行かせるか!!」
そう思った瞬間、抜かれたはずの狩屋の声がした。
見ると、卯宮はもう俺の目の前にいるというのに、背後からの勢い付いたスライディング。
…あいつ、この際俺に当たってもいいと思ってるな。
これには彼も対応できなかったらしく、ボールは卯宮の足を離れ、大きく逸れ――
卯宮はその反動で、俺の方へと倒れ込んで来た。
強くぶつかり、頭から地面に直撃する――そう思って衝撃に備え視界を遮断するが、痛みは愚か身体が動く感覚さえない。
「…大丈夫かい?キャプテンさん」
物凄く近くに感じる卯宮の声にはっとして目を開くと、俺の肩を抱き寄せる彼の姿が目の前に。
「え?あ…っ」
「怪我はない?大丈夫?」
「あ、ああ……」
驚き混じりにそう答えてから、視線やカメラのシャッター音が嫌に突き刺さることに気が付いた。
俺を抱き寄せ、微笑む卯宮。
…今の状況と周囲の視線の意味とを理解した瞬間、さっと血の気が引いた。
「は、離せ!」
慌てて彼を突き離そうと胸を押す、と。
…妙に、柔らかい感触。
筋肉がどうこうじゃなくて、何かが根本的に違う柔らかさ。
「おや、バレちゃったかな?」
「え……」
「胸を揉むなんて意外に大胆だね」
「…は、」
「卯宮さん!!!」
わけが分からず混乱していると、今まで姿を見せなかった音無先生がグラウンドにやってきて、そう叫ぶ。
俺を真っ直ぐに立たせ、卯宮は音無先生の元へ。
「どうかされましたか、音無先生」
「どうもこうもないの!貴女今まで何をして…!」
「ふふ、ちょっと入部テストを」
「もう…!女の子なんだから少しは大人しくしてて!」
待て、今なんて……女の子?
「分かりましたよ。というわけで皆さん、マネージャー希望の、卯宮です。宜しく!」
爽やかに笑った彼、否…彼女は、再びぺこりと頭を下げた。