Short Stories

□君が言うなら
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鳴らない電話を一日中待って、溜息をつく。
その間に、エントリーシートを記入したり、筆記試験の勉強をしたり。
何かの資格でも取っておけば良かった、と後悔する。英語が出来るわけでもない、特殊技能があるわけでもない。
普通に生きてきた普通の人間に、今更「能力アピール」なんて酷な話だ。

律儀な会社は封書やメールで返事をくれる。
"この度は採用を見送らせていただくことになりました"
ご丁寧でありながら、残酷な文句。
たった30分の面接で、自分の何が分かるの?と腹立たしくもなる。けれど、何も持っていない自分が悪いのだ、とすぐに自己嫌悪。

「なんだよ、そんなに暗い顔して」

パソコンに向かって頭を抱え、ふぅと溜息をついてソファに戻ってきた奈々を見て、宮田が話しかけた。

「・・・また落ちた」
「面接か?」
「ねぇ、なんでかな?私、人間としての欠陥でもあるのかな?」
「みんなそうだろ、就職難だっていうし」
「でも、こんなんじゃ自信無くすよ・・・」

第一志望の会社は悉く落ちた。第二志望、第三志望ともなると、もはや「御社への興味」の前に「正社員になりたいです」というストレートな言葉しか出てこなくなる。
やりたいことがやれる職場なんて限られている。条件の良い職場だって限られている。やりたくなくて条件の悪い職場なら山ほどある。
そんなところへ行くくらいなら好きな職種のアルバイトをした方がまだマシ、なんて思ったりもするのだ。

「一郎だって他人事じゃないよ?引退したら何する気なのか知らないけど、就職大変なんだからね!」
「先のことなんて考えてねぇよ」
「まあアンタなら女集めてトレーナーとかすればガッポリ儲かりそうだけど」
「なんだよそれ」

ボクシングのトレーナーといっても、それだけで食っていけるほど甘くないのは知っている。当然、宮田も将来的には安定しているとは言えない。
しかし彼には「東洋太平洋王者」という肩書きと「イケメン」という武器がある。何も持たない自分より、未来には沢山の可能性を秘めている。
イケメンはともかくとして、王者は彼が自らの力で勝ち取ったものだ。その点については当然、羨ましがったり僻んだりは出来ないのだけれど。

「はぁ、もうイヤになっちゃった・・・」
「頑張って面接受け続けるしかねぇだろ」
「どこ受けても落とされるし、もう怖いよ」
「それでも諦めないでやるんだよ」
「ボクサーの価値観と一緒にしないでよ」
「何でも同じだろ、そういうのは」

カウンターの貴公子が、模範解答を切々と唱えてくれる。
何度もピンチから立ち上がってきた人の言葉は、心に堪える。

けれど、立ち上がれなかった人たちを踏み越えて自分が歩いてきたことを忘れているんじゃないか?なんて嫌味も浮かんだりして。
まぁ、今の心理状態では何を聞いても僻んでしまうし、何を聞いても自信を無くす。

奈々は再度立ち上がり、PCに向かって求人をカチカチと探し始めた。
とにかく、今はグチグチ言ってる場合ではない。宮田の言うとおり、ただやるしかないのである。


部屋の中には、カチカチというクリック音やカチャカチャとキーボードを叩く音が響いている。
宮田はソファに背を預けて、PCに向かう奈々の後ろ姿を眺めていた。

「どーにもならなかったら、オレが雇ってやってもいいけど」

その言葉に、全ての作業音が止んだ。
部屋の中はしばしの沈黙に包まれ、それを破ったのは奈々の素っ頓狂な返事だった。

「・・・アンタ会社なんて持ってたっけ?」
「・・・・意味がわからないならいい」
「・・・どういうこと??」
「はい、不採用」

奈々がいぶかしげに宮田の顔を見つめると、宮田は少し怒ったような顔でそっぽを向いてしまった。

宮田がこういう顔をするのは、大体バツの悪い時だ。
奈々は今し方言われたセリフを反芻して、ハッと反射的に声を荒げた。

「あ、もしかしてプロポーズだったりして!?」

宮田は無反応で、奈々から顔を背けたまま、何も書いていないカレンダーをただ眺めている。
奈々はそんな宮田の反応に、心がくすぐられたような気持ちになり、思わず駆け寄って

「ちょっと!もっかい言ってよ!」
「不採用って言ったろ」
「やだ!だめ!お願いもっかい!」
「残念でした」

宮田は先ほどから一回もこちらを振り返らない。おそらく、顔の火照りが冷めるまで表情を見せたくないのだろう。
奈々が宮田のシャツの袖を引っ張りながら懇願すると、ようやくチラリと目線だけこちらに向けて、

「面接は反射神経が勝負だぜ」
「またボクシングの話に繋げちゃって・・・」
「何でも同じだって言っただろ?」
「だけどさー・・・」

少し落ち込んだ表情を見せた奈々の頭を、宮田は片手でポンポンと軽く撫でた。

「ボクシングの話で言うとな」
「・・・うん」
「思い描くんだ」
「・・・何を?」
「勝つイメージを」

奈々がふと顔を上げると、宮田は撫でていた手を下ろした。体勢を変えるように、再びソファにもたれて、静かに呟く。

「一生懸命やっても、悔いが残ることもある」
「・・・またそうやって不安にさせて・・・」
「だけどな」

宮田はそういって一呼吸置き、目をつぶったまま、

「オレは、お前なら大丈夫だと思ってるよ」

宮田はどうにもならない人に気休めのハッパを掛けるような男ではない。
彼が言ってくれるからこそ、言葉が力になる。

「・・・がんばる」

奈々はそのまま、宮田の胸に頭を預けた。



おわり



2011.3.27 高杉R26号 SCRATCH様主催「Power of Dream」投稿作品
無責任な励まし方をしない宮田に言われると、なんだか心強いものがあるな、と思いまして・・・。
就職活動で奮闘される皆様の、元気の源になれば幸いです。
読んでくださってありがとうございました。

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