Short Stories

□プロボクサー料理対決
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とある調理室にて。
家庭的な雰囲気とは似ても似つかないプロボクサーたちが、慣れないエプロン姿で集合している。
というのも、月刊「ご都合主義」というフザけた雑誌の「プロボクサー料理対決」なる企画が開催されているからである。


「ではみなさん、準備はよろしいですか?」


奈々は無理矢理作った笑顔で呼びかけてみたが、集まったボクサーたちは一向にまとまる気配がない。




「なんか人選に偏りがねぇか?」


と不満そうな口を開いたのは沢村。


「細かいこと気にすなや。おもろそうやんけ」


その横でウキウキと楽しそうな顔をしている千堂。


「こー見えても料理は得意なんだぜ」
「まあ、オレもプロだしな」
「お前らはボクシング以外は器用にこなすからな」
「「なんだとォ!!」」


小競り合いを始めた木村、青木、鷹村。


「どうしたんですか、先輩?」


妙に嬉しそうな顔を浮かべる一歩に、板垣が聞く。


「いや、ボク・・みんなで料理するのとか初めてで・・学校の調理実習でも1人余ってたから」
「そ、そうですか・・・」




今回の企画は、2人ひと組になって料理を作り、その出来映えを競うもの。


幕之内・鷹村ペア
青木・木村ペア
千堂・沢村ペア
宮田・ヴォルグペア
今井・板垣ペア・・・・


1人だけ余った間柴は、講師である奈々とペアになった。


「そ、それではみなさん!お題は"ハンバーグ"です!頑張ってくださいね!」


ガヤガヤと雑談のおさまらない場を、奈々はやけっぱちの大声で仕切ってみせた。






「なんでオレのエプロン、ピンクなんだよ」
「ミヤタ、似合ってマスよ、ステキデス」


面白く無さそうな宮田の横で、ヴォルグがニコニコと答える。
あっけらかんとした様子に、宮田は軽く溜息をついて「やるか」と答えた。


「アンタと会話するのは初めてだな」


宮田が英語で話しかけると、ヴォルグは嬉しそうに


「そうだね」
「わざわざニューヨークから来たのか?物好きだな」
「そういう君もここ来てるだろ。お互い様だよ」


互いにフッと笑みを浮かべて、作業を進める。
初対面ながらも、それを感じさせないような良い雰囲気である。
その様子を一歩は、恋人を寝取られた男のような目つきで眺めていた。






「・・・ヒヒヒ・・肉・・・柔らかい・・・」


沢村が半笑いでブツブツと独り言を言っているので、千堂が手元をのぞき込むと、延々と挽肉を握りつぶしていた。


「お前アホちゃうか!!やりすぎや!!」
「グチャグチャだよ・・・グチャグチャ・・・」
「知るか!お前の頭の方がグチャグチャや!」






ギャアギャアと小競り合いを始める千堂・沢村ペア。
その横で、板垣・今井ペアも準備を進めていた。


「学、それ・・・」
「なんだよ?」


ハンバーグの成形をしている板垣に対し、今井が不思議そうな顔を浮かべている。
板垣の手のひらに収まるサイズの、いわゆる普通のハンバーグを見て今井が言う。


「随分小さいが、ペット用か?」
「お前んちのハンバーグどんだけデカいんだよ!!嫌味なヤツだな!!」
「こ、これが普通なのか?・・いや、実に食べやすいサイズだ」
「黙れよもう!!」






一方の木村・青木ペア。
さすが「ボクシング以外は何でもこなす」という評判の通り、もうすでに焼くところまで進んでいる。


「デミグラスソースでいいよな?」


木村が聞くと、青木は眉間に皺を寄せて振り返った。


「あ?何言ってんだ?和風おろしだろうが」
「はぁ?なんだそのジジイみたいなソースは」
「なんだとテメェ?デミグラスソースなんてお子様のかけるモンだろうが!」


つかみ合いの喧嘩が始まり、奈々は慌てて制止に行くもプロボクサー同士の喧嘩には為す術がない。
するとペアを組んでいた間柴がつかつかと駆け寄って来て、


「放っておけ」
「で、でも・・・」
「最後の最後でゴタゴタするなんざ、二流のやることよ」
「「ああ!?」」


その言葉に青木村が振り返る。
振り返った先に間柴の顔があり、勝ち目がないと悟った二人は再び顔を見合わせて


「がんばろうぜ、青木くん」
「おうよ、木村くん」


うふふふ、と笑いながら背を向けた二人をみて、間柴はペッと痰を吐いた。






「一歩ォ、出来たか?」
「ま、まだですよぉ!!っていうか鷹村さん何もしてないじゃないですか!?」
「オレ様は試食係なんだよ!テメーが作るの遅すぎて腹減っちまったじゃねーか!!」


派手な打撃音と一歩の悲鳴が調理室にこだまする。
それを制止する者も、注視する者もすでに居なかった。






「おい千堂、なんだこの黒い塊は」
「知らん」
「最初から最後まで強火で焼きやがったな、この野郎」
「弱火とかそんなチマチマした真似できるか!アホ!」
「アホはテメーだ!」




「昔、母さんが一度だけハンバーグを作ってくれたことがあって」
「へぇ」
「ミヤタにもそう言う思い出がありますか?」
「・・・ウチには母親がいないんでな」
「ボクの母親も、もういないけどね」
「ウチは離婚だから、母親はどっかオレの知らないところで生きてるよ」
「・・・ミヤタ、スミマセン」
「別に・・・」




小競り合いを続けるペア、うふふと気持ち悪い笑いを浮かべて作業するペア、お通夜のような雰囲気のペア・・・


奈々はいたたまれなくなり、自分の作業台に戻って調理を続けた。
隣の間柴は先ほどから黙々とハンバーグを作り続けているが、成形しているその形をふと見ると、なぜかハートマークだった。


「ま、間柴さん・・」
「あ?」
「その形・・」
「ハンバーグはこの形だろうが」
「え、いや、間違いじゃないですけど」
「何笑ってんだよ!!」
「いえっ、笑ってません!ハイ、いいと思います!」
「チッ」




そうしてついに、全てのペアのハンバーグが出来上がった。
見本を1つずつ、講師宅に提出してもらう。


「いいなぁ、奈々先生のところはハートマークだ。さすが可愛いなぁ」


板垣が無邪気に言う。


「いや、これは間柴さんが作った・・・」
「え!?そうなの?間柴さん、可愛いなぁ」


板垣がケラケラと笑う。間柴に対してこんな口をきけるのは彼くらいだ。
間柴はこめかみに青筋を浮かべ、今にも怒りだしそうな雰囲気に、周りの人間は一斉に引いた。


「ウチじゃ、その形なんだよ」


妹がハンバーグを作るときはいつもハートマークだったらしい。
それゆえ間柴はハンバーグとはハートマークだと思いこんでいたそうだ。


「へぇ、間柴さん愛されてますね」
「うるせえっ」






「ミヤタ、ホントニゴメンナサイ・・・」


ヴォルグはあれからずっと落ち込んでいた。


「別に・・・日本語で謝るなよ」
「人生ガンバッテクダサイネ、ミヤタ」
「・・・・そいつはどうも」






講師卓にズラリと並べられたハンバーグ。
ひとつだけ真っ黒焦げではあったが、どれもそれなりに上手に出来たようだ。


「じゃ、試食タイムと行きましょう!」


そうして、皆が一つのテーブルに集まっての試食が始まった。


「お、お前の美味しそうやなぁ」
「・・アンタはその黒焦げのでも食べてろよ」
「ええやないか、んー、んまいんまい」


宮田のハンバーグを横取りする千堂を、またしても一歩が目をギラつかせて見ている。


「ボ、ボクも宮田くんのハンバーグ食べ・・」
「先輩っ!!ボクの食べてくださいよっ、ホラっ!!」
「あ、うん」


後輩に殺意を抱いたのは、これが初めてであった。








「じゃ、最後に記念撮影しますので、並んでくださいー!!」


企画開始からずっと叫んでいる気がする、と奈々は思った。
プロボクサーといえば不良の集まり、そんな予感はしていたが・・・
不良ではなく、小学生の悪ガキの集まりのような感じであった。


写真を撮り終え、後片付けをしている最中、ふと奈々の携帯電話が鳴った。


「もしもし?」
「あ、ども。月刊ご都合主義の高杉ですけど」


相手は企画を持ち込んできた記者であった。様子を伺いに電話をしてきたのかと思ったら


「いやー、その企画ボツっちゃって。すいませんが、お蔵入りってコトで」
「えっ?」
「費用はお支払いするんで、いやぁすんませんでした、じゃ!」
「あの、ちょっと...どういう...も、もしもしっ!もしもーし!!」


プッツリと切れた電話に、相変わらず小競り合いの続くカオスな現場。


やり場のない怒りを、奈々は握った拳に注ぐしかなかった。




「あー面白かったなぁ!またやんのかコレ?」


楽しそうに鷹村が呟く。


奈々は今日一番の大声で反論した。


「やりませんっ!!!」


おわり
2011.4.25 高杉R26号 SCRATCH様主催「Power of Dream」投稿作品。
ボクサーたちのお祭り騒ぎに、心を緩めていただければ幸いです。
・・・つーかぶっちゃけ沢村が肉を握りつぶすシーンが書きたかったんです(笑)。

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