Short Stories

□巡り巡って
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アメリカに来て、2週間。




喋るの早すぎ。
巻き舌過ぎ。
訛り過ぎ。




まぁ、そんなわけで、何をするにも一苦労。
ストレスは溜まりっぱなし。
誰も助けてなんかくれないし。
アジア人だからって、ちょっとバカにされてるような被害妄想もあったり。


買い物だって一苦労だ。
部屋のドライヤーが壊れていたから、新しいのを買おうと思って電気屋まで来たのだけど・・・




何を言っているのか、さっぱりわからない・・・




「えーと・・what?」
「・・・・!!・・・・!・・・・!!」




何度も聞き返す私に、店員さんもだんだん口調が荒くなってきた。
私だって、必死で聞き取ってるんです。
あなたが喋るの、早すぎるだけなんです。




「だーかーら、もっとゆっくり喋ってよぉ!!」




思わず飛び出した日本語。
相手は顔に?マークを浮かべている。


どうだ、知らない言語で声を荒げられる気分が分かったか!


と意味もなく反抗的になる。
しかし相手の店員は怯まずに何かを説明し、最終的には「だめだこりゃ」とでも言いたげなジェスチャーをした。
申し訳ない気持ちと、情けない気持ち、腹立たしい気持ち、全てが入り交じって、泣きそうになってきた。






『〜〜〜〜〜?』




縮こまっているところに、すっと姿を現したのは、赤毛の髪の毛をした外国人男性。
英語でなにやら店員に問いかけている。


ひょっとしたら横入りでもされたのかしら?と思って、いぶかしげな目つきで相手を見ると




「売り切れ、のようデス」




片言ながらも懐かしい日本語に、思わず耳を疑った。
相手は日本語など喋れそうにもない、白い肌をした外国人であるというのに・・・




「あ、あの・・・」
「他になにカ、聞きタイことありますカ?」
「い、いえ・・・」




それから赤毛の外人さんは、再び店員に話しかけて何かを聞いているようだった。
話し終えた後、私に向かってペコリと会釈をし、その場を離れるそぶりを見せたので、思わず駆け寄って




「あの!すみません!」




ぐっと彼のシャツを掴むと、「ハ、ハイ?」と愛らしい返事が返ってきた。


「助けてくれて、ありがとう」
「イイエ。ドウイタシマシテ」


よく見たところ、アメリカ人ではなさそうだ。北欧系だろうか?
それにしても、こんなところで日本語を聞くとは思わなかった。




「あなた、どうして日本語喋れるの?」




率直な疑問をぶつけると、彼は少しはにかんで




「昔、日本にいましタ」
「そうなんだ!留学?仕事?」
「仕事デス」
「へぇ〜」




彼はひょっとしたら急いでいたのかもしれないが、私は今までのストレスもあって、彼を引き留めていることを知りながらも会話を止められなかった。


彼の名前はヴォルグさんといって、ロシアから来たという。
以前、日本でプロボクサーをやっていたらしい。

今は拠点をアメリカに移し、まだボクサーを続けているのだそう。




「奈々さんは、勉強でアメリカに来たのデスカ?」
「はい。来たばかりで、英語もよく分からなくて・・・」


するとヴォルグさんは笑って


「ボクも、日本に行ったばかりの時、全然わからなかっタ」
「でも、今は上手ですよ?日本語」
「イッパイ、勉強しましたカラ」


聞けば、日本には1年も滞在していなかったという。
それでも日常会話は支障なく出来るレベル。
ボクシングの傍らで、そうとう勉強したんだろうなと思う。


「さっき、奈々さんの日本語ガ聞こえテ」
「うん」
「助けなキャ、と思っテ来ましタ」




そういうなりヴォルグさんが「差し出がましイことデスガ」などという難しい日本語を使ったので、思わず笑ってしまった。




「ボクも日本デ、色んな人ニ助けテもらいましタ」
「そうなんだ」
「皆、親切にシテくれましタ。だカラ、これハそのお返しデス」




ヴォルグさんがあまりにも嬉しそうに笑うので、私もつい釣られて笑顔になる。




「今ハ、言葉ワカラナイ、大変かもしれなイ。でもダイジョーブ」




グッと拳を握りしめて、力を込めてヴォルグさんが言う。




「日本人、どんなピンチでも必ず立ち上がル。ボクはそういう選手ト、戦ってきましタ」




ヴォルグさんが一瞬、険しい目つきをしたので、私は思わず身体がゾクッとした。
その様子に気付いたのか、ふっと気を抜き、笑って




「奈々さんモ日本人。だカラ、ダイジョーブだっテ、ボクは信じてマス」




その笑顔がなんだかとっても有り難くて、眩しくて。
会話が終わって自然な別れ際、私は思わず叫んだ。




「す、すぱしーば、ヴォルグさん!」




ヴォルグさんはちょっと驚いて振り返り、にこっと笑って手を振ってくれた。








今日は不思議な体験をした。
アメリカのローカルな電気屋で、日本語の喋れるロシア人ボクサーに助けられるなんて。
こんな奇跡は滅多にない。


以前、彼に親切にしてくれた日本人に、ありがとうと言いたくなった。
そのおかげで彼は、私にその親切を返してくれたのだから。




私もいつか、どこかでロシア人に巡り会ったら、親切を返そう。
そうして、私に親切をくれたヴォルグさんの話をしよう。


おわり


2011.3.31 高杉R26号 SCRATCH様主催「Power of Dream」投稿作品。
日本で困っていたヴォルグさんが、今度は異国で誰かを助ける番となりました。
親切や優しさが、巡り巡って色々な人に伝播していく・・・暖かい現象だと思います。
「ピンチの時も立ち上がる」という日本人像を作り上げてくれた一歩に感謝しつつ、我々も頑張りましょう!(笑)

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