Short Stories

□約束の指輪
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板垣VS牧野戦を見に来た帰りのことだった。

「守くん」

ふいに呼び止められ反射的に振り向くと、見覚えのある女性が立っている。見覚えがあるといっても、最後に会ったのはもう数年前のことであるが。鷹村にしては珍しく、顔をこわばらせたまま答えた。

「何してんだ?お嬢さんがこんなトコ1人で来たら危ねぇぞ」
「1人じゃないわよ」

鷹村が対峙しているこの女性は、高杉コンツェルンの娘、高杉奈々。
鷹村は幼少の頃から家を出るまで毎年、正月やらお盆といったようなイベント事があるたびに、家族ぐるみで奈々と顔を合わせていた。小さい頃はただの遊び相手くらいに思っていたが、中学生くらいになると周りの見る目も変わってくる。いつしか鷹村の方から距離を取り、簡単な挨拶しか交わさない仲になっていた。
その背景には、「行く末は守くんのお嫁さんに」なんて、早い話が政略結婚を進めようとしている汚い大人の事情に対する反発があったのだ。

「取引先のお孫さんがボクサーで、みんなで試合の応援に来たのよ」
「そうかよ」

鷹村はいつも奈々を見る度に、複雑な気分にさせられた。
相手も汚い大人の事情に飲まれそうになった、被害者の1人である。互いに窮屈な家に生まれ、同情心が芽生えなかったわけではない。しかし奈々は一度たりとて、その話に反発することはなかった。ただ黙って、大人達の会話を聞いているような大人しい少女だった。

今までどんな女と遊んでも、本気になれなかった自分。その原因は、紛れもなく奈々だった。

鷹村が家を出てから、その話はご破算になったと聞いている。なのに、いい歳になっても「奈々が結婚した」という話を聞かない。
それが本人の意志なのか、強大な権力への諦めなのかが、鷹村には分からなかった。とにかく、奈々が独身でいるうちは見えない約束に縛られている気分が拭えない。

自分はもう鷹村の人間ではないのにも関わらず、奈々の態度は、いつ会っても変わらなかった。自分を鷹村開発の商品ではなく、1人の人間として見てくれているのだろうと、鷹村には分かっていたが、その奈々のスタンスこそが、鷹村を悩ませる。正直、さっさと誰かと結婚してくれればいいのに、とすら思っていた。

「守くん」
「なんだよ?」
「先日は、2階級制覇おめでとう」

ボクサーになってから一度も会っていない。そもそも、自分がボクサーになったことすら、直接伝えたわけじゃなかった。きっと鷹村家の誰かから聞いたのだろうと思った。

「ありがとよ」
「卓さんからよく聞くの。あの人実は、守くんの活躍が嬉しいのね」

卓の話が出たところで、鷹村は言いしれぬ不快感を覚えた。奈々の口調から察するに、卓とは常日頃より親しくしているのだろう。そうか、奈々は自分ではなく卓の方に差し出されることが決まったのか、と鷹村は悟った。

するとなぜだか腹の奥底がムカムカとしてきた。
自分が大事に抱えていたものを、なんの心の準備もしないうちにいきなり取られたような気分がする。自分の知らないところでそんな動きがあったのかと思うと、いつになくずいぶん勝手な家だと怒りがこみ上げてきた。

「あの家とオレ様は関係ない。今更、家族ヅラされてもな」

鷹村の冷たい一言に奈々は少し寂しそうな顔を浮かべた。気まずい空気にとどめを刺すように、鷹村が言う。

「お前もあの家の一員になるんだろ?」
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