Short Stories
□期待通りの男
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「ワイの家なんかに来たって、なんも無いで。」
さっきから、この台詞を何度も吐いている。「来たってホンマにつまらんぞ。」なんて、何回も言われると、本当に何もないんだろうなと、ちょっとリアルに感じてしまう。だが、奈々は負けずに言った。
「いいよ、見てみたいだけなんだから。」
「しゃーないなあ・・」
千堂商店、と書かれた看板、ココが千堂の家だ。天井からお菓子やおもちゃがぶら下がっていて、店の中がよく見えないくらいごちゃごちゃしている。千堂はそれをくぐるようにして、奥に入った。
「バァちゃん、ツレや。」
さっきは薄暗くてよく見えなかったが、千堂が話しかけた先に、小さい老人がいた。これが話に聞いていた千堂の祖母らしい。
「なんや・・・えらい別嬪さん連れてきたのう・・」
「こ、こんにちは。」
ちょっと緊張した面もちで、奈々が挨拶すると、千堂の祖母もにっこりと会釈を返した。
「そういうわけやから、バァちゃん、邪魔せんといてな。」
ぐいっと奈々の手を引っ張って、千堂は家に上がった。このちょっとした千堂の強引さが、いつも奈々 の心を引きつけて止まない。
2階の、千堂の部屋・・・は、乱雑だった。というか、汚い、というか・・・脱ぎ捨てた洋服、読みっぱなしのボクシング雑誌、ラベルのないビデオ、漫画が、あちらこちらに散らばっているのだ。
「・・・これじゃ座れないよ、千堂さん。」
「布団の上があるやんか。」
千堂は、引きっぱなしの布団を指した。それを見て思わず奈々、
「・・・・変な事しないでしょうね?」
「す、するか!アホ!」
その考えが、なかったわけでもない千堂は、最初に釘を打たれてちょっと残念だった。
「ちょっと、片づけていい?」
布団の上以外に座りたかった奈々は、こう提案したが、千堂は慌てて首を振った。
「そ、それはアカン。」
「なんで?」
引きつった顔を浮かべて哀願する千堂が、不思議だった。まさか、このゴチャゴチャが全て「定位置」なのではあるまい。
「・・・いや、理由はないねんけど・・って、コラ、なにしとんのや!」
もごもごと口を濁す千堂を後目に、奈々はさっさと片づけを始めてしまった。青ざめる千堂。今日、奈々が来ると解っていれば、しかるべき物を、しかるべき場所へ隠したのに。
とりあえず、奈々は、散在する雑誌類を積み上げようと拾い集めた。すると・・・
「きゃあ!!」
その悲鳴に、千堂は絶望の二文字を見た。
「アカン・・・見つかった・・・・」
つまむようにして持ち上げた雑誌の表紙には、でかでかと裸の女性の写真が。
「・・・・やっぱり、こういうのとか、見るんだ。」
さげすむようにして、自分を見つめる奈々に対し、千堂は半ば開き直って答えた。
「当たり前や、ワイも男やで!おねぇちゃんの裸、大好きや!!」
正直な体当たりも、仇となる事がある。沈黙の中で、奈々の目線がますます冷たくなっていくのがわかった。
「・・・巨乳特集だって。」
「お、おう。巨乳特集や、なにが悪いんや!!」
もはや話の的がズレてきている。
「制服大集合って書いてあるよ。」
「ああ、制服や、制服!文句あんのかいな!!」
千堂の、既に言い訳にも何にもなっていない逆ギレ状態を、奈々はさらに冷たい目線で睨んだ。
「・・・・ますます、その布団には上がりたくないな。」
「うぐ・・・・・」
ばつが悪そうに、千堂が黙ってしまった。本をまとめた分だけ空いたスペースに腰を下ろし、奈々は千堂を見つめた。千堂の虎の耳が、折れて下を向いているようだ。ちょっといじめすぎたかな。
「まあ、でも、男ならみんな見るんでしょ?別に、変な事じゃないよね。」
「そ、そやろ、そうやって。男なんて、みんなケダモノや。」
そこまで言ってない、と奈々は突っ込みたくなったが、千堂が必死になって取り繕うとしているのが可愛くて、ついほほえんでしまった。
「とにかく、そんな離れんといてや。」
布団の上に腰を下ろしている千堂が、自分の隣をポンポンと叩いた。 奈々は、ちょっと警戒しながら、横に腰掛けた。
その途端、肩に千堂の腕がまわってきた。
「・・・あたし、巨乳じゃないよ。制服も着てないし。」
「アホ。」
照れながら、否定する千堂の顔が、ちょっと紅くなった。
「ワイは、奈々だから好きなんや。」
この男は、いつも、期待通りの事を言ってくれる。
「うん、知ってる。」
「・・・か、かわいくないやっちゃな・・」
そして私は、彼の期待を破るのが好き。
完
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初稿 2003.7.21 リライト 2011.1.2 高杉R26号
千堂の部屋ってすんごく乱雑そうですよね。おばあちゃんが片付けたりしないのかな?もう無法地帯?(笑)