Short Stories

□交換条件
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年末の商店街。


「まいどおおきに〜。」


買い出しを済ませ、レジで清算中、店員がおつりと一緒に2枚の紙切れを手渡した。

『歳末総決算もってけドロボーくじ』と書かれた紙には、来年の干支であるウサギのイラストに吹出し付きで『やってみてやー』とある。


「千堂さん、これ、福引き券?」
「あー・・なんか、あっちでやってるみたいやな。」


たくさん買い込んだ荷物をもって、二人フラフラとその方向へ歩いていく。そこはすでに行列ができ、時々カランカランと景気のいい鐘が鳴っていた。


「どーせアレやろ?残りモン景品にしとるだけやろ?」


千堂がまるで興味のなさそうに吐き捨てると、奈々は2枚の券を握りしめて反論した。


「わかんないじゃん、そんなの。何があるか見てみようよ。」


千堂の腕をぐいっと引っ張って、大きな看板を見てみる。


金色の玉:別府温泉宿泊券(ペア)
銀色の玉:有馬温泉宿泊券(ペア)


「ほら!温泉だって!やってみようよ!」
「温泉〜?まあ、ええけど。」


あまり乗り気ではない千堂が、適当な答えをして帰ろうとしたとき、彼は銀玉以下の景品を軽く見渡して、ハッと眼を見開いた。


「・・・・やる!」
「ど、どうしたの?急に。」
「ワイと奈々で1枚ずつや!当てたるでぇ〜〜〜」


そういって千堂は、奈々の手中から一枚券を抜き取って、腕まくりをした。無造作に地面に放置された買い物袋と、颯爽と福引きに走る千堂を交互に眼で追いながら、奈々は慌てた。


「ちょっと、千堂さん!」


重い荷物がある為にその場を動けない。千堂は一人でどんどん突き進んでいく。追うに追えず、 奈々はふっと、看板を見上げた。


赤色の玉:アントニオ猪木エキシビジョンマッチ観戦券


「・・・あれか・・・!!」


奈々は気合い十分の千堂の背中を見つめながら、苦笑いした。



「よっしゃあ〜当てるでぇ〜!!オッチャン、一回や!」


福引きのハンドルを握るその手には、血管が浮き出ていて、今にもハンドルをもぎ取ってしまいそうな程だった。ぐっと力を入れて、いったん止まる。不思議な緊張感が周りを包んだ。


「来ぉぉぉぉぉおおおおおおい!!」


ハンドルを回す勢いが凄すぎて、全然玉が出てこない。それにも気がつかずに千堂は一心不乱でハンドルを回し続けている。

買い物袋を抱えて、やっとのことで千堂の元にたどり着いた奈々は、千堂の様子を見て脱力した。


「せ、千堂さぁん・・・もっとゆっくり回さないと出てこないよ・・・」
「回したら回しただけ、ええもんが出るっちゅうねん!」
「いや、遠心力で全然混ざってないと思う・・・・」


科学的説明は、千堂には難しかったらしい。全く耳に入っていない様子で、ハンドルを回し続ける。


「全然出てけえへんぞ!!!」


疲れてきたのか、大声でわめいている。


「だから、回しすぎなの!」
「そ、そーなん?」


千堂が手を緩めると、ガラガラという音がして、玉が一つ落ちた。


白。


「残念やったなあー、ロッキー。はい、飴ちゃん。」


商店街のおじさんが、嬉しそうに手渡す。
手のひらに小さくお座りするアメ玉など、愛しくもなにもない。千堂はしばし放心した。


「・・・うがーーーー!!」


言葉以前の声で、そのアメ玉を口に放り込んでしまった。


「もう・・・しょうがないなあ・・・。」


そう思いながら、奈々は自分が握りしめたもう一枚の券に気がついた。もう一枚を千堂にやらせてもいいけど、これでまた外れたらますます手が付けられなくなる。 奈々は結局、自分でやることにした。


「えいっ」


ガラガラと音がして、一つ玉がこぼれ落ちる。


・・・カランカランカラン!!


けたたましく鐘が鳴る。目の前には、赤い玉が一つ転がっている。


「お嬢ちゃん、運がええなあー。ハイ、猪木やでー」




「・・・なんや、盛り上がっとるなあ・・」


やっと我に返った千堂が、鐘の鳴る方向を見ていると、微妙な笑いを浮かべた奈々が、何かチケットみたいなものを手にもってこちらに歩いてきた。


「買い物券でも当たったか?」
「ん・・・当たっちゃった・・・」
「何が?」
「え?・・・・・・・・・・猪木。」


千堂の眼が、一瞬光った。獲物を見つけた、虎の眼である。


「ホンマかいな!?〜〜〜〜〜!!!おっしゃあああ!!」
「なによぅー!あげるなんて言ってないわよ?一枚しかないんだから。」


喜ぶ千堂を横目に、奈々はちょっと意地悪を言った。千堂はそんなのもよくわかっていないようで、小躍りしている。


「タダでくれとは言わへんよ。交換や。」
「・・・交換?」
「せや。」


千堂は奈々の後頭部に手を伸ばし、引き寄せ、口づけた。


「アメ玉と♪」


突然のことで放心する奈々の手からチケットを引き抜き、千堂は足取り軽く歩き始めた。


「やったでえーー!」


口の中の飴の味なんて、わかるはずがなかった。
ケラケラ笑って先を行く千堂の、幸せそうな背中。
それを見ていると、喉まで出かかった色んな文句など、到底言えないのであった。


「・・・千堂さんのアホー!!!」





来年も、いい年でありますように。


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初稿 2003.12.10  リライト 2010.12.28 高杉R26号
もう年末ですね、しみじみ。
千堂はこういったほのぼのしたものを書けるので好きです。
ちなみに彼が猪木好きなのかどうかは知りません(笑)

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