Short Stories

□金魚すくい
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お祭りの雰囲気が、この人にはよく似合う。
御神輿なんか担がせたら、日本一似合うんじゃないかな、なんて思いながら、奈々はその男の隣を歩いていた。


「あ、金魚!」


奈々は、金魚すくい屋を見るなり、駆け込むようにして水槽をのぞいた。
赤、金、黒の可愛い金魚が、水槽を所狭しと泳ぐ様を見るのが、スキだったのだ。


「なんや奈々、金魚好きなんか?」
「うん、まあ・・・。」


実際には、泳いでいる金魚を見るのが好きだったのだが、どっちにしたって同じだと思って返事をしてしまった。それを聞いた千堂は、急にやる気になって、


「よっしゃ、ワイが取ったる。」
「え?」


金魚を飼う気はないのだが、どうやら千堂は勘違いしているようだ。
どう弁解しようか考えている内に、千堂はTシャツの袖を肩までまくり上げて、気合いを入れ始めていた。


「待っとれよ!でかいの釣るさかい。おっちゃん、一回な!」


弁解を待たずに、店のオジサンに料金を払ってしまった。だが、奈々は千堂のこの大爆走ぶりが好きだったので、とりあえず一回は見守ることにした。


ベシャッ


勢いよく突っ込みすぎて、すくいアミはすぐに破けてしまった。
まん丸に空いた穴を見て、千堂は牙をむきだし、店のオジサンに100円玉を投げた。


「もう一回や!!」
「せ、千堂さん、いいよ別に・・・」
「ええから待っとけ。次は取る!!」


ベシャッ


「〜〜〜〜〜がぁっ!もっかいや!」

奈々のために金魚を捕るはずが、回数を重ねる内に自分と金魚の戦いへと変わってしまったらしい。
気が付くと1000円近くものお金をつぎ込んでいた。


「おっ・・これは・・いけるで。」


10回目で、やっとアミの上へ金魚が乗っかった。
勝算を見いだした千堂は、勢いよく金魚を持ち上げた。


ベシャ


「残念やったなー、ロッキー。最後は静かに上げんとアカンのよ。」
「や、やかましいわい!もっかいや!」


親切にアドバイスしてくれた店のオジサンにも耳を貸さず、千堂は再び100円玉を投げようとしたが、もう小銭がなくなってしまったようで、ポケットからゴソゴソ千円札を取り出した。


「千堂さん、もういいってば!!行こうよ!!十分だから!」
「そや、彼女退屈しとるで〜」
「う〜・・・そ、そうか。ほな。」


未練たっぷりに、金魚すくい屋を後にした。


「ホンマ申し訳ないな、奈々・・ワイ、全然ダメやった。」


子どものようにしょんぼりしながら、千堂は言った。

「いいよ、面白かったし・・・・気にしないでよ。」


事実、コントを見ているようで面白かった。もちろん、自分のためにやってくれたことなので、口が裂けても言わないが。


「また来年がんばるわ。特訓や。そんで釣れたらそれに武士って名前つけて、かわいがってくれな。」
「・・・死んじゃったらやだなあ。」
「・・・そやな。」


会話の途中で、ふと千堂は何かを見つけたらしい。
ちょっとまっててな、と言い残して、人混みのなかへ紛れてしまった。
ホンの数秒の出来事で、千堂が何処へ行ったのか全く見当も付かなかったが、とりあえず言われたとおりにその場で待機していると。



「奈々、またせてしもたな。」


数分経って、千堂は紙袋を手に持って帰ってきた。そうして、そのなかから何かとりだし、奈々に手渡した。


「た、たい焼き・・・?」
「そや。あんこギッシリや。」
「どうしたの?」


湯気ののぼる出来たてのたい焼きを一口かじって、千堂は答えた。


「・・・金魚、釣れへんかったから。たい焼き釣ってきたんや・・・」


奈々はおもわず、吹き出してしまった。


「ありがとう。美味しそうだね。いただきまーす!」
「おう。来年はちゃんとした金魚、食おうな。」
「食えるかっ!」




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初稿 2003.7.13 リライト2010.12 高杉R26号
千堂はああいうの絶対苦手だと思います。奇跡的に釣ってもすぐ死なせそう(笑)

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