長編「TENDERNESS」

□16.苛立ち
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学校が終わると、宮田はいつもジムに直行する。
ドアを開けると、木村がサンドバッグを叩いているのが目に入った。
いつも青木らとふざけあっている印象が強かったが、今の目つきは完全に本物のプロボクサーだ。
あのヤンキーがこうも変わるとは、と宮田は少しだけ懐かしい気持ちにさせられた。


「木村、青木、調子はどうだ?」


篠田が声を掛けると、二人は気合いの入った大声で「バッチリっス!」と叫んだ。
すでにもう何時間も練習しているのだろう。汗でシャツが色を変えている。


「彼女も見に来るのか?木村」


篠田が木村にハッパを掛けようと、彼女の話題を口にすると、木村は少し表情を崩し


「そーなんスよ。だから絶対に負けられないんスよね」


と笑った。


「コイツ、彼女にいいトコ見せたいんですって」
「い、いいじゃねぇか!男なら誰だってそう思うだろうが!」


三人の会話を聞いて、宮田はなぜか少し苛ついた気分になった。
神聖なボクシングに女の話を持ち込んだ・・・というようなストイックな代物ではない。
不意に脳裏に浮かんだのは、奈々がグラウンドを眺めていたときの表情だった。

ただ静かに勝利を祈り、努力を見守り続けている女がいるというのに、当の本人は別の女を思って戦う。
その理不尽さこそが恋愛なのかもしれないが、宮田にとって木村の態度は余りにも無神経に思えた。


不機嫌な態度をとったつもりはないが、内心の腹立たしさに似たような何かが表れたのだろう。
宮田はそんなつもりはなかったが、2階へ続くドアを閉めた時、大きな音がした。
あまりの大きな音に、ドアの向こうが一瞬しんとなったのが分かった。




「宮田、今日は機嫌でも悪いのか?」


篠田がドアを眺めながら呟いた。


「アイツが機嫌良い時なんて無いっスよ」


青木が笑いながら答えると、木村も首を縦に振りながら同調した。
篠田はふむ、と一旦考え込んだ後、再び二人を鼓舞するように「さぁ練習練習!」と叫んだ。
その言葉に、二人は雄叫びを上げて答える。


その声は、2階のロッカー室まで響いてきた。
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