長編「TENDERNESS」

□11.身代わり
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バスに揺られて駅に着くと、そこからはもう屋内である。
宮田は傘を小さく畳んで、カバーをかけて鞄に放り込んだ。


「わざわざ遠回りさせてごめんね」
「・・・別に」
「ありがと」


宮田は返事をしなかった。
その様子が、奈々には面白くて、ついクスリと笑いが漏れた。

ふと気がつくと、さっきまで傘をさしてくれていた宮田の左手が空いている。
奈々は昨日の木村を思い出した。
ついフラフラと、握ってみたくなった。

突然の出来事に、宮田は一瞬身を固くして呟いた。


「なにしてんだよ」


木村と手をつないだときはもっと、全身が心臓になったみたいな鼓動を感じた。
宮田と手をつないでいる今は、やはり昨日のそれとは違う。

昨日、いきなり手を離してしまったせいで、奈々の右手はいつもより寒くて、誰かの手を欲しがっていた。
ただ単に、隣にいたという理由で宮田の手を握りしめてしまった。
彼ならば、手を握ったくらいで、どうにかなるわけじゃないと甘えていることを知りながら。


「ドキドキする?」
「・・・お前相手に?」
「失礼ね・・・」
「でもまぁ・・・少しするよ」


宮田が意外な一言を放ったので、奈々は驚いて


「本当?」
「誰かに見られてて、勘違いされないかって」
「・・・本当に失礼ね、あんた」


手をつないだまま、駅の構内を歩く二人。
確かに、端から見れば単なるカップルにしか見えないだろう。
当の本人たちに、その気はなくても。


「仕方ねぇから気の済むまで握らせてやる」
「・・・・別に好きで握ってるわけじゃないわよ」
「オレは身代わりってわけか」
「・・・癒し係、って感じ」
「あっそ」


それから一言も会話を交わさなかったにも関わらず、不思議と暖かい気持ちになれたのは、手を伝う体温のおかげかなと奈々は思った。
駅のホームに着いてからも、宮田は電車が来るまで手を離さず奈々の隣にいた。


「宮田ぁ」
「なんだよ」
「ありがとう」
「・・・別に」

宮田がつまらなそうに言うと、奈々は少し固い笑みを浮かべて


「ごめんね」
「・・何が」
「でも助かった・・・宮田が居てくれて良かった」


その言葉に宮田は一瞬、言葉を詰まらせた。
何を答えたらいいものかと思案しているうちに、構内が騒がしくなりはじめた。


「・・・・電車、来たぜ」


奈々は宮田から手を離し、電車に乗り込んだ。
バイバイと手を振ったあと、手中には昨日と違うぬくもりがまだ残っていた。
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