長編「TENDERNESS」

□32.勇気
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奈々はとうとう決意を固めた。
玉砕でもいい、傷ついてもいい。真心を返さなければ、人間としてダメになるような気がした。
ぎゅっと拳を握りしめて、静かに深く息を吸い込む。


「それでよ」
「あのねっ!」


二人が同時に言葉を発し、そのまま固まって見つめ合う。
宮田は、奈々が急に大きな声を出したので、驚きのあまり目を大きく見開いて


「何?」
「いや・・宮田こそ何?」
「いいよ、まずお前の話聞くから」


ぶっきらぼうに答えると、宮田は射貫くように真剣な顔で再び奈々を見つめた。


「あ、あのね」
「なんだよ」


奈々はうつむいてゴクリと唾を飲み込んだあと、キッと顔を上げて言った。


「私、もう、たっちゃんのこと好きじゃないんだ」



その言葉が風に吹かれて完全に消え去ってしまったと思うくらい、長い沈黙が流れた。
二人はその間、互いに見つめ合っていたが、奈々からは宮田の表情がよく見えないでいる。


「・・・何、言ってんだ?」

ようやく宮田が口を開く。


「だから、たっちゃんのこと好きじゃないの」
「嘘だろ?」
「本当だって」


奈々の言葉は、完全に宮田の予想外だったらしい。
ワケがわからないといった表情で、宮田は固まったままだ。


「あのね、正確には・・・」


奈々は更に強く拳を握りしめて、


「たっちゃんよりも、もっともっと好きな人ができた」


宮田からは、奈々の表情は照明に照らされてよく見える。
そういって自分を見つめる奈々の目が微かに潤み、頬が紅潮しているのが分かった。
その手の表情は、何度も見たことがある。

学校の裏手や玄関といった所で呼び止められ、自分に愛を告白してきた女たちと同じものだ。
そこで宮田は急にある一つの可能性に気付いて、心臓が飛び出そうな衝撃を味わった。


一方で奈々は、最後まで自分の気持ちを伝えなきゃと、逃げ出したい心を静めるように、勇気を奮い立たせた。
相変わらず宮田の表情は分からない。呆れているのか、今まで騙していたのかと怒っているのかすら分からない。
けれど、自分のやるべきことは一つだ。目を瞑って、最後の勇気を振り絞る。


「あのね、宮田・・・私・・・」
「言わないでくれ」


思わぬ返事に、奈々は反射的に顔を上げた。
宮田の顔は、相変わらずよく見えない。


「ど、どうして?」


自分の告白を撥ね付けるかのような宮田の台詞に、奈々は心が痛んだ。
しかしここで止めてしまっては、勇気の行き場が無い。
奈々は宮田の両腕にしがみついて、

「ちゃんと言わせてよ、私、宮田が・・」
「ちょっと待てよ!!」


二度目の阻止に、もはや奈々は絶望しか見えなかった。
両腕を掴む力もなくなり、奈々の両手はするりと落ちていく。
すると宮田は、片手で目頭を押さえるような仕草をしたあと、


「嘘だろ・・・」


と呟いた。
奈々はその言葉を聞いて、うつむいたまま


「だから嘘じゃないって。たっちゃんのことはもう・・」
「そっちじゃねぇよ」


弁解の途中で、宮田が苛立ちながら言う。
随分と偉そうな態度だ、と奈々もまた少し腹が立ったらしい。
語気を荒げて


「じゃあ何よ?」
「・・・オレ、バカみてぇだろうが」
「そりゃ今まで言えなかったのは悪かったけど」
「そっちじゃねぇって」
「だって、たっちゃんのこと好きじゃないって言うとなると、必然的に・・・」
「だから言うなって言ってるだろ!!」


宮田が珍しく怒鳴るように声を荒げたと同時だった。
奈々は宮田の胸に抱き寄せられていた。


「・・・・なんで、言わせてくれないの?」


自分を傷つけないように、宮田は自分の告白を阻止しているのだと奈々は思った。
それゆえ、抱きしめられている今も、それが単なる同情や優しさの類にしか思えなかった。
じわりと涙が溢れてくる。
気付かれないように、これ以上同情を受けないようにと必死で堪えていると、宮田が抱きしめる力をさらに強めて言った。


「オレから言うから」


あまりに思いも寄らない言葉に、奈々は現状が全く把握出来なかった。
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