長編「TENDERNESS」
□30.見つめる瞳
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すると木村は、奈々の腕を掴んで
「こっち来なさい」と言って立たせた。
言われるがままに椅子から立ち上がり、木村の引っ張られるままに、部屋の中央に座りこむ。
「どうしたんだ?」
「あのね・・・み・・宮田がね・・・」
「うん」
他の男のことで泣いてる“妹”の姿を見て、木村は初めて奈々も女になったもんだと感じた。
自分に好意を向けられている間はそう思えなかったのに、なんだか不思議なもんだと笑みがこぼれる。
「宮田がどうした?」
「・・もう・・関わらないでって・・・」
「え?」
「それでね・・・ずっと・・目も合わせてくれないんだぁ・・・」
予想外の言葉に、木村は心底驚きを隠せなかった。
意地っ張りで小生意気な二人のことだから、どうせ喧嘩したとか、意地悪されたとか、もどかしいとか、そういったことでふさぎ込んでいるのだろうと思っていたからだ。
木村は奈々をなだめながら、少しずつ事の顛末を聞き出した。
そうして、聞けば聞くほど、宮田の考えている事が手に取るように分かっていく。
二人とも全く見当違いの方向に気を遣って、その結果がこの深刻な事態。
「それで宮田は、まだお前がオレを好きだと思ってるワケ?」
「・・・たぶん・・・」
奈々の答えを聞いて、木村は出かかった大きな溜息をかろうじて引っ込めた。
「それは・・・誤解を解かないとダメだろ?」
「でも・・・それを言ったら必然的に、宮田の事が好きって言わなきゃいけなくなるでしょ・・・」
「別に、言えばいいだろうが」
「ヤダ・・・」
「何でだよ」
呆れたように木村が言い放つと、
奈々は涙を拭いながら顔を上げて、
「もう、“ごめんなさい”って言われるのヤダ・・・」
「う・・・その節は悪かったけどよ・・・でもさ・・」
木村は続きの言葉を言おうとして、反射的に引っ込めた。
宮田から直接聞いたわけではないが、態度から奈々を好きでいることは確信していた。
しかしここで奈々に「宮田もお前のこと好きみたいだぞ」なんてお節介をしていいものやら、という迷いもある。
宮田のことだから、他人の口からそういうことを言われるのは好まないだろうという懸念もあった。
「でも・・・なに・・・?」
奈々が目をこすりながら聞き返すと、木村は回答に詰まった。
しばしの沈黙が流れて、部屋には奈々の小さな嗚咽が響く。
「でも・・アイツ、言ってたぜ」
妙案を思いついた木村は、声のトーンを落として言った。
「何を?」
「オレ聞いたんだよ、こないだ。
奈々が元気ないんだけど、何か心当たりないかって」
慎重に言葉を選ぶ。
「そしたら、“見てる分にはいつも通り”って言ってた」
「・・・それが何?」
今ひとつピンと来ない奈々がやや棒読みで聞き返すと、木村は少し微笑んで
「それって“いつも見てる”ってことだろ?」
そのセリフを聞いて、最初は木村が何を言っているのか、さっぱり分からなかった。
心がその意味を理解するやいなや、奈々は急に顔をあげ、木村の顔を見つめた。
目の前の木村は、優しく微笑んでいる。
奈々は自分でも分かるくらい、顔が熱くなっているのに気がついた。
「だ、だって、目も合わせてくれなかったし・・・・」
「お前の知らないところで見てたんだろ?」
「でも、そんないつも見てるだなんて、そんな、まさか」
「ま、オレも実際に本当かどうかは知らないけどよ」
本当は確信していたが、二人の今後の為にも敢えてボカしておいた方が良いだろうと、木村は言葉を濁した。
顔を真っ赤にして固まる奈々の頭に手のひらを乗せて、ポンポンと叩く。
「まぁ、どうするかは自分で決めな。オレはどっちにしろ応援してっからよ」
「・・・うん・・・」
「じゃ、オレは帰るわ。マガジン借りていくからな」
最後に頭をくしゃくしゃと撫でて、木村は部屋を出て行った。
奈々はガランとした部屋の中で1人、固まったまま動けずにいる。
気がついたら、涙は既に止まっていた。