長編「TENDERNESS」

□29.誰のせい
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1人、ロッカーに残された宮田は、2人の話し声が消えたのを確認して、ようやく背中の緊張を解いた。
シューズを履き、紐を縛って、それから2,3ステップ踏んで慣らしたあと、全ての荷物をロッカーにしまい込む。


静かに扉を閉めた後、宮田はしばし考えて、拳で扉を叩いた。
ガン、と固くて鈍い音が響き、誰も居ないロッカーに痛々しい余韻が残るばかりだ。


自分がやってきたのを見計らって、青木村たちが奈々の話をし始めたのは明らかだった。


元はと言えば誰のせいで元気がないと思っているんだ、と脳天気な木村の声色を思い出しては腹が立つ。
一方で格好つけて身を引いたくせに、木村が奈々の話をするたびに嫉妬のような嫌らしい気持ちがわいてくる自分にも腹が立った。


あれから奈々とは一言も言葉を交わしていないどころか、一目も交わしていなかった。
入学以来、毎日していた朝の「おはよう」すら交わさなくなり、席も遠いおかげで接点はまるでない。
今までは殆ど奈々の方から宮田に話しかけていた。それゆえ、相手が自分に「関わらない」となると、距離は全く縮まらなかった。


時折、無意識のうちに相手を探し、見ていることもあった。
友人らと一緒にいるときは楽しそうに笑っているのに、ふと1人になると悲しそうな目に戻るのも気になっていた。


木村のことだけを考えられるようにと、相手に迷惑をかけないようにと、身を引いたはずなのに。
離れれば離れるほど、忘れられなくなっている自分にも気がついていた。


学校では相変わらず、二人の距離は離れたままだった。
当初は周りでコソコソと噂をしている姿も見られたが、さすがに何週間も経つと事態は収束。
二人の心の中を除いて、全てが何事も無かったかのように、自然に流れていった。


宮田は相変わらず毎日牛乳を飲んでいて、休み時間はいつも寝ていて、学校が終わるとすぐにジムへ向かう。
奈々も相変わらずで、昼は例の友達同士で弁当を食べ、学校が終わると図書館へ行ったり寄り道したりして帰る。




宮田が購買に牛乳を買いに行った、ある日のことだった。
混雑する少し前に無事に牛乳を買い終え、教室に戻ろうとした矢先、奈々が自販機の前で立ちすくんでいるのが目に入った。


目を合わせられる距離ではないという安心感から宮田がしばしその様子を眺めていると、奈々が悲しそうな、切ない表情で何かを見つめているのに気づき、思わず心臓が高鳴った。


ホンの数秒のことが、とてつもなく長い時間に思われた。
奈々がハッと我に返って、その隣の自販機で飲み物を買って去っていったのを確認してから、宮田は一体何を眺めていたのかとその場所へ歩みよっていく。


そこでふと目に入った、イチゴ牛乳の文字。
心臓が大きく脈打ったのが分かった。


宮田は正直困惑していた。
自分が身を引き、余計な噂も消え、安心して木村に気持ちを向けられるはずなのに、奈々は相変わらず昔見せたような切ない表情を浮かべている。


先日のジムの話からすると、木村との仲は順調そうだ。むしろ、自分が「もう関わるな」と冷たく突き放したせいなのか…
今まで仲良くしていた友達からそういうことを言われれば、誰だって良い気分はしないだろう。
まして相手は女である。男が思っている以上に、そういうところは繊細なのかもしれない。


しかし宮田の心には、これ以上「仲の良い友達」を演じることが出来ない自分がいた。
奪い取ろうとも考えたが、余計な気苦労を増やすだけになってしまい、結局全てを「嘘」で片付けた。
相談相手として支えになろうとしても、周りは男女が仲良くしているだけで、間柄を勘ぐってくる。
「浮気女」とまで言われるような事態になったのは、自分が適度な距離を取らなかったからだ・・・そういう自責の念もまた、宮田を責める。


全ては奈々が悲しい顔をしないようにと思ってのことだったが、どの選択肢を選んでも、それは叶わないらしい。


「結局、オレのせいかよ」


宮田は小さく呟いてうつむいた。
自分のふがいなさに、腸が煮えくりかえるような心地がした。
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