長編「TENDERNESS」
□28.断絶
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「ボクサーだか何だか知らねぇが、カッコつけんじゃねーよ!」
「・・・取り消せって言ってるだろ」
「尻軽女に騙されて、可哀想ですねぇ〜!!」
宮田は思わず拳に力を入れた。
そのまま、対峙する相手の前に一歩踏み出す。
宮田の怒りは、肩を通じて制止しているクラスメイトにも伝わったらしい。
そのオーラに、思わず手を引っ込めてしまった。
「別にアイツと付き合ってるわけじゃないし、好きでもないけど」
ゆっくりと近づき、怒りをたっぷり蓄えた笑みを浮かべながら、宮田は相手の胸ぐらを掴んだ。
「アイツを侮辱するのは許さない」
「あぁ?」
「浮気女って言ったな」
対する男は宮田の手を掴んで払いのけようとしたが、相手はボクサーである。
とてつもない力に太刀打ちできず、そこで初めて宮田に恐怖を感じた。
「ボ、ボクサーが一般人に手ェ出すのかよ」
「取り消せよ」
「じょ、冗談だよ宮田ぁ・・ちょっとからかっただけ・・・」
「取り消せって言ってんだろ!!」
普段大人しい宮田が怒りを露わにし、怒鳴り声をあげる姿にクラスメイト全員が静まりかえった。
しばしの沈黙のあと、乾いたチャイムが鳴った。
宮田はしばらく相手を睨み付けていたが、やがて腕を離すと、何も言わずに自分の席へ戻っていった。
ギャラリー達も、ハッと我に返り各々席に着く。
奈々も何が起きたのか全く掴めないまま、大人しく席に着いた。
何も知らない教師が授業にやってきて、寒々しいギャグを交えながら講義を垂れていたが、クラスメイトは皆、上の空だった。
授業中、隣の席の男子からポイと手紙らしきものを投げて寄越された。
ふと見てみると、同じ列の廊下側に座っている友人が小さく手を振っている。
どうやら手紙の主は彼女らしい。
こっそりと手紙を開けて、内容を確認する。
「奈々が別の男性と相合い傘で歩いていたって噂になってる」
昨日、木村を傘に入れたのは事実である。
けれどそれは全くの偶然で、誰かに見られていたとは言え、それが「他の男と歩いていた」ことになるとは思ってもいなかった。
授業明けに更に詳しく聞いたところ、ファウルボールで保健室に行った時以来、「やっぱりあの二人は付き合っている」などという噂が立ったらしい。宮田が奈々の手を引いて歩いていたのが、その噂に信憑性をもたらしたという。
それに加えて昨日、奈々が木村と歩いている現場を誰かが目撃したために、クラスメイトが宮田を「浮気された男」とからかったそうだ。
宮田が怒ったのは自分がからかわれたことに対してではない。
クラスメイトが奈々を「浮気女」と揶揄したことに対してだ。
それも、見たことのないほどの怒りを。
奈々は放課後、既に下校してグラウンドを歩いている宮田を教室の窓から見かけ、走って追いかけた。
捕まえて何を言えばいいのか分からない。
自分に対する侮辱に怒ってくれた事への感謝?
それとも誤解させるような態度を取ったことへの謝罪?
ただ、このまま何も言わずにいるのは気が許さなかった。
「待って、宮田!」
校舎から大分離れたところで、やっと宮田に追いついた。
宮田は奈々を見るやいなや、見るからに嫌そうな顔をした。
「あ、あのさ・・・」
「なんか用かよ」
冷たい返事に、奈々は次の言葉を失った。
しばしの沈黙のあと、奈々は制服のスカートをギュッと握りながら、
「今日・・・怒ってくれてありがとう」
宮田は返事をせずに、険しい顔をして固まったままだ。
奈々は続けて
「それと・・なんか・・変なことになっててゴメン」
曖昧な謝罪をする奈々に対し、宮田はくるりと背を向けて、呟いた。
「もうオレに関わらないでくれ」
突き放すような冷たい言いぐさに、奈々は思わず固まる。
「オレもお前に関わらないようにする。そうしたら、もう変な噂が立つこともない」
「・・・それってどういう・・・」
宮田は少し振り返って、無表情のまましばし奈々を見つめた後、何も言わずにまた前を向き、歩き始めた。
「ちょっと、宮田ぁ!」
奈々が呼んでも、宮田がこちらを振り返ることはなかった。