長編「TENDERNESS」
□26.最低
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タイミングが良いと言えば良い、悪いと言えば悪いことに、下校時間に玄関でバッタリと宮田に遭遇した。
奈々は図書館に本を返しに行った帰りで、すでに掃除当番も下校を終え、部活のある生徒は部活に出ており、この時間の玄関には殆ど誰もいないはずであったにも関わらずだ。
「どうしたの、こんな時間に」
奈々が聞くと、宮田は例のポーカーフェイスで「先生に呼ばれてた」と言った。
それから、何で呼ばれていたかなどという説明は一切無く、会話はそこで終わった。
バス停までは互いに同じ道のりを歩く。
特に口に出さないものの、なんとなくそこまでの道を一緒に帰るような雰囲気になった。
部活で賑わうグラウンドを、並んで横切っていく。
つい今日噂になったばかりの二人である。部活生もチラチラとこちらを伺っている気がした。
奈々は妙に居心地の悪さを感じたものの、宮田の方は平然としている。
元はと言えば宮田がおこした火種だ、と奈々はちょっとムッとして、校門を出てすぐに宮田を問い詰めた。
「あんたさぁ」
「・・・なんだよ」
宮田は返事こそしたものの、こちらを振り向こうともしない。
「私のこと好きだとか言って、告白断ったって聞いたけど」
しばらく、宮田からの返事はなかった。
すたすたと歩く音だけがこだまし、その質問すら空気に溶けかけたころ、宮田がようやく口を開いた。
「言ったよ」
その言葉に奈々は思わず閉口した。
「そんなこと言っていない」とか「単なる噂」だとか、もっと別の答えを予想していたからだ。
酷く簡単な答えに、奈々は心臓が逸っていくのが分かった。
しかし、その期待とは裏腹に、宮田が続けて言ったセリフに、奈々は大きく打ちのめされる。
「悪かったな、利用して」
一瞬、どういう意味なのか分からなかった。
宮田は相変わらずこちらを見ようともせず、伏し目がちに歩き続けている。
“利用”・・・それはつまり、相手の告白を断るために自分の存在を使ったということ。
奈々はそう解釈するやいなや、全身から悲しみや恥ずかしさといった様々な感情が溢れ出してくるのを抑えるのに必死になった。
「私のこと、好きじゃないって言ってたよね」
「ああ」
宮田が少し笑みを浮かべて頷くと、奈々はますます感情の濁流に呑まれそうになった。
「じゃあ、どうしてそんなこと言ったのよ」
「正確には、言ってない」
どういうことかと奈々が顔を曇らせると、宮田は続けて
「好きかって聞かれたから、アンタに関係ないって答えただけ」
「・・・それが何で、私のことが好きって話になるのよ」
「答えなかったら、お前のこと好きだってことにするって言われた」
その言葉に奈々は、何の反応も出来ず固まってしまった。
そこで宮田は立ち止まって、奈々をじっと見つめてから、
「面倒だから答えなかっただけだ」
その瞬間、心臓を槍で打ち抜かれたような衝撃が走った。
それもスローモーションで、じわじわと傷口を広げられているような気分だ。
気がつくと奈々は、歩みを止めその場に立ちつくしていた。
宮田はそのまま、同じペースで歩き続けている。
「・・・最低」
小さく吐き出した言葉が宮田に届いたかどうかは、分からなかった。