長編「TENDERNESS」

□23.自覚
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ふと木村の方を見ると、相変わらずジメッとした態度でベンチに佇んでいる。
木村はこちらまで気が沈むような深い溜息を何度か吐いてから、のろのろとグローブをはめ、サンドバッグに向かった。
そうして、2〜3発軽くパンチを放ったあと、いきなり


「うおおおおおお!!!」


と叫びながら、狂ったようにサンドバッグを叩き始めた。


「おい、木村!」
「ちっっくしょおおおおおお!!」
「やめろバカ野郎!」
「なにが元彼だぁああああ!!!」
「落ち着け木村!!」


半狂乱が過ぎて羽交い締めされた木村を見て、宮田はふぅと溜息をついた。

以前なら、そんな気持ちは全く分からなかった。
今なら少しだけ、分かるような気がする。
もちろん自分はそんなことはしないし、顔にも一切出さないけれど。


木村があまりにも自分の感情をストレートに出すので、宮田は少し疎ましくなった。



「妹ちゃん、また木村の方に戻っちゃうんじゃな〜い?」



鷹村が半笑いになりながら茶化してきたセリフが気になる。



「それとも、気付いていないのはキサマ自身かもなぁ?」



少し前まで、それが何か分からなかった。
どうしてこれほど、心に苛立ちを覚えるのか不思議だった。
最初はただの同情とか、感情移入のようなものだと考えていた。


「だって宮田くん、高杉さんのことが好きなんでしょう?」


本当に考えたこともなかった、そう言われるまで。


考えなければ良かった。
気付かなければ良かった。
それを自覚しなければ良かった。


「勝ち目のない相手に立ち向かう?あきらめる?」


ボクシングと恋愛は違う。


奪い取るとか、諦めさせる、そういう手段もある。
けれど、自分が本当に、その人を大切にしたいと思うのならば・・・


その人の幸せを一番に願うべきではないのか。



3分間を告げるブザーがなり、ジム内の緊張が一気に緩和した。
宮田も手を止めて、タオルで汗を拭く。


目の前が真っ暗で、心地よいと思った。
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