長編「TENDERNESS」

□19.不意打ち
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「もうすぐ1時間だけど」

モグラたたきにいそしむ奈々の横で、宮田がボソリと呟く。

「あっと言う間だね」
「もう思い残すことはねぇか?」

宮田の言葉に、奈々はゲームセンターをぐるりと見渡して

「プリクラ撮ろう!」
「・・何それ」
「嘘っ!プリクラも知らないの!?写真だよ写真」

奈々は宮田の制服の袖を引っ張りながら、プリクラコーナーへ移動する。
宮田はそれが何なのかサッパリ分からなかったが、機械から垂れ幕のように下がっているギャル写真を見て、嫌な予感がした。

「この画面見て、ポーズ決めてね」
「・・・絶対やらない」
「よし、カップル設定にしよう!」

宮田の言うことはまるで耳に入っていないらしい。
奈々は一連の設定を終え、棒立ちする宮田の横で様々なポーズを取っていた。

『もっと寄って〜』

プリクラが呑気な音声を出す。

「ホラ、もっとラブラブな感じ出していこうよ!」
「・・・勝手にしてくれ」

奈々は宮田の胸に飛び込み、ギュッと抱きしめながらおどけた。
少し気恥ずかしそうに、宮田が目を片手で覆う。

相変わらず、奈々は終始カラ元気で明るい声で笑っている。宮田はそれを見るたびに、失恋時に泣きついて来た奈々の泣き顔を思い出す。

そんな風に笑ってないと壊れちまうのかよ。
そんなにあの人が好きなのかよ。

『次は、チュ〜してみてぇ〜』

プリクラの音声が再び呑気なセリフを吐く。
奈々は宮田に抱きついたまま、唇をちょっと上に上げて

「チューだって宮田」
「バカか」
「ほーらほら、遠慮するなって!」
「あのなぁ・・・」
「いいじゃん、フリだけしようよ」

機械が相変わらず間の抜けた声で、「3,2,1」と掛け声を始めた。
奈々は、宮田に対するからかい半分、バカップル演技半分で、静かに目を閉じる。

カシャ、とシャッターの音がしたと同時に、奈々の唇は温かい感触に包まれた。

突然の出来事に思わず目を見開くと、宮田が今までに見たこともない至近距離に居るのが分かった。
重なった唇が、ゆっくりと離れていく。
一方で機械は『外で落書きしてネェ〜』というユルい音声を吐き出している。

驚きの余り固まった奈々を、宮田はゆっくり抱きしめた。

「泣かないのかよ」

背中に回した両手に、一層力が入る。
奈々は混乱の余り、今自分がどういう状態にいるのかよく分からなかった。

「なんでだよ」
「・・・な、何が・・」
「バカみてぇに強がりやがって」

宮田が何を言い出したのか、奈々には全く分からなかった。
その様子が、ますます宮田を苛立たせたようだ。
ギリっと歯を食いしばり、さらに強く抱きしめて宮田が言う。

「気になるんだよ」

しばしの沈黙のあと、宮田はすっと力を抜き、奈々から身体を離した。
それから、地面に置いていたカバンを取り、機械の中と外を分けるカーテンを開けた。

「ちょ、ちょっと待って!・・・アンタ、何言って・・・」

奈々が宮田の袖を後ろから引っ張ると、宮田は振り向きもせずに答えた。

「もう時間だから」

去っていく宮田の後ろ姿を見ながら、奈々は何が起きたのかと現実を信じられないで居た。
思い出したように、機械の取り出し口からプリクラを取り出す。
そこには“あの瞬間”が、しっかりと写っていた。
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