長編「TENDERNESS」

□18.恋する気持ち
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「あの・・・木村選手の控え室ってここですか?」

奈々がチラリと宮田を見ると、宮田は「そうです」と答えた。

「良かった。達也さんに控え室まで来てって言われてたんですけど、見つからなくて」

達也さん、という言い方で奈々は嫌な予感が的中したことを知った。
目の前の女性は、おそらく木村の彼女であろう。
ふわり、と良い匂いのする大人の女性を目の前に、奈々は自分が恥ずかしくなった。

「お二人も、知り合いですか?」

ニコリ、と女性が温かく笑う。
宮田は相変わらず無愛想に佇んでいるので、奈々はその場を取り繕って笑った。

「ええ、まぁ・・・身内、です・・・」

どうしていいか分からず愛想笑いを続けていると、宮田が急に奈々の手首を掴んで

「帰ろうぜ」

と言いながら、出口の方へずいずいと奈々を引っ張っていく。

「えっ?ちょっと宮田!控え室行かなくていいの?」
「これ以上遅くなると、お前を送っていくの面倒になるから」

突然の出来事に呆気にとられている女性に対し、奈々は遠くから軽く会釈をした。
上品な微笑みと丁寧な会釈が返ってきて、奈々は自分との間に大きな壁を感じた。




帰りの電車の中、二人はずっと無言だった。

奈々の自宅の最寄り駅につくと、宮田が自宅まで送り届けるという。
断ったが、時間は23時を回っていた。
宮田がだんだんと腹を立てたような口調になってきたので、奈々は有り難く送ってもらうことにした。

「ありがとね、宮田」
「別に・・・」

路地を歩く音がやけに響く。
23時を過ぎた市街地は、ひっそりとしていて、いくつかの家はもう既に灯りが消えていた。

いつもなら奈々は1人で勝手に上機嫌になり、あれやこれやを宮田に一方的に話しかけるにもかかわらず、今日は特別静かであった。
それも先ほど目撃した“木村の彼女”が原因だと、宮田は十分分かっていた。
自分が控え室に行かなければ遭遇しなかったかもしれない、そんな考えも頭を過ぎる。
しかしそんな「たられば」話をしたところで何にもならない。

宮田もただ、いつものように無言で歩くよりほかなかった。
夏のぬるい風が、澱んだ雰囲気を一層湿ったものにさせる。


「どうしてさぁ・・・」

奈々が独り言のように呟く。

「どうして、私じゃダメなんだろうね」

ざっざっと靴が地面を擦る音が、規則的に反響する。
街灯に集まる虫が、時折パチッと感電する音さえも聞こえる静寂の中、宮田が静かに答えた。

「恋愛なんてそんなもんだろ」

分かった風な口調で宮田が言うので、奈々は頬をふくらませて

「人を好きになったことのない男に何が分かるのよ」

と言った。宮田はそれきり黙って、答えなかった。

奈々の自宅の玄関の前に到着すると、玄関の電気は着いたままになっていた。
自宅の灯りを見つけるものほど、安心できるものはない。

門の扉を開け、扉の手前で歩みを止めた宮田に向かって、

「じゃあ、送ってくれて有り難う」
「いや・・・」
「宮田も、帰り道気をつけてね」
「ああ」

ポーチを上り玄関のドアに手を掛けた時、まだ門の外に居た宮田が、突然口を開いた。

「オレも・・・今なら分かるかもしれない」

奈々は思わず振り返り、いぶかしげな顔をして宮田を見つめる。

「なにが?」

その問いかけに、宮田はふっと目を閉じて背を向け、そのまま歩き去ってしまった。

夜の深さに、宮田の姿はすぐに見えなくなってしまった。
奈々は首をかしげながら、家の中に入った。

奈々の自宅玄関の灯りが消えたのを遠くから確認して、宮田は再び歩き始めた。
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