長編「TENDERNESS」
□17.優しい嘘
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河原ですれ違ったたっちゃんに 「頑張ってね」と言ったら
「おうよ」と笑って、手を振ってくれた。
顔に絆創膏を貼って
ちょっとゲッソリして
凄く険しいまなざしで
その目に見つめられたいだなんて
邪な妄想すら許されない気がした。
木村の試合まであと1週間となった。
夏の太陽は最盛期を迎え、連日厳しい暑さが続いている。
澄んだ海のような、遠くまで広がる空を、奈々は毎日眺めていた。
ふと、机の上に何かを置かれたような音がして、教室内の方に首を回す。
宮田が“それ”から手を離し、席に着くのが見えた。
“それ”には大きな文字で「イチゴ牛乳」と書いてある。
「宮田、これ・・・」
「やるよ」
かぶせるようにして、ぶっきらぼうに宮田が答えた。
当の宮田は今し方買ってきたと思われる牛乳にストローをさしているところだ。
宮田は毎日牛乳を飲んでいる。おそらくボクサーとしての健康管理、といったところであろう。
入学当初は女子の間で“牛乳王子”なんて言われたほどだが、今はすっかり見慣れてしまい誰もそう呼ばなくなった。
「どうしたの?」
「間違って買っちまったから」
「ボタン押し間違ったの?宮田にしちゃ珍しいわね」
奈々は宮田が自販機の前で困惑する様子を思い浮かべて、思わず笑った。
それを見た宮田が、面白く無さそうな表情になった。
奈々もイチゴ牛乳にストローをさして、一口すすった。
ひんやりと甘い味が、喉を潤してくれる。
「宮田はイチゴ牛乳とか全然似合わないよね」
「・・・似合いたくないね」
「でもミロは似合いそう」
「知るかよ」
とりとめのない、くだらない会話をして、心を和ませる。
「ありがと、宮田」
宮田は特に返事をしなかった。
会話が途切れ、ふと気がつくと、奈々は無意識に窓の外を眺めていた。
あれから宮田には木村のことをあまり聞かなくなった。もちろん、聞きたい気持ちは山ほどあった。
しかしもう今は、彼には彼女がいる。諦めの悪い、みっともない女だと思われたくなかった。
だから今は、ただ木村の頑張りを心から祈るに留めていた。