長編「TENDERNESS」

□14.チェックメイト
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14.チェックメイト


思いは叶わなかったとしても

いきなり相手を嫌いになるわけでもなく
相変わらず好きで、好きで、好きで

でももう、ずるい立場を利用して
側にいることはできない。

思いを伝えた代償は大きく、
得たものと言えば

「あきらめる」という選択肢、だけ。








奈々が失恋してから、1ヶ月ほど経ったある日のこと。
木村がいつになく上機嫌で、口笛を吹きながらバンテージを巻いているのを、青木がめざとく指摘した。

「木村ァ、ご機嫌だな?その様子だと、とうとう・・・」

ニヤニヤとした目つきで木村に近づき、ベンチの横に座って青木が問う。

「フッ・・青木よ。悪いが、イチ抜けさせてもらったぜ」
「なっ!本当に落としやがったのか!!」
「いやぁ・・・いいよなぁ、“彼女”って」

鼻の下を伸ばして木村が呟くと、青木はすっくと立ち上がり、ズルいだの天罰が下れだのと騒ぎ始めた。
そのとき、ちょうど着替えを終えた宮田と鷹村が1階の練習場に現れた。
青木と木村がギャアギャアと騒いでいるのを面白がって、鷹村がのしのしと近づいてきた。

「何事だ」
「あ、鷹村さん・・・・こいつ、彼女出来たんスよォ」
「木村に彼女だとォ!?」

ジム内に鷹村の声が響き渡る。
宮田はその騒ぎに交わるつもりは毛頭無いらしく、1人さっさとマットを敷き、柔軟体操を始めた。

「そーなんスよ、腹立つなぁ、木村のくせに」

ブツブツと文句を言う二人の間に、木村は空気に線を描くように身振りして、

「すいませんけど・・・もうオレ、“そっち側”じゃないんで」

と笑った。

その様子に、鷹村のこめかみがピクっと動く。

「キサマ!!調子に乗ってんじゃねーぞ!!」

怒鳴るやいなや、木村にヘッドロックを仕掛け、グイグイと力任せに引っ張り始めた。
悲鳴をあげながらも、木村は幸せすぎるせいか、いつもより嫌がるそぶりを見せずに半笑いを浮かべている。

宮田は柔軟体操を終えてマットをしまうと、ベンチに腰掛けてバンテージを巻き始めた。
途中、木村のニヤけた顔が目に入り、心なしか、少しだけイライラとした気分にさせられた。

宮田はなぜだか最近、木村の顔を見る度に胸中が穏やかではなくなるのを感じていた。
先日、奈々が失恋したと泣きついてきたのが原因だとは分かっていた。
突然のことで面食らったのもあるが、あの日以来、時折切ない顔を見せる奈々が妙に気になるようになった。

片方はあんな顔をして、もう片方はニヤニヤと嬉しそうにしている。
どちらの味方をしているつもりもないが、やや奈々の方に同情してしまうのは否めない。

「・・・やた、宮田ぁ!」

ハッと気がつくと、鷹村に名前を連呼されていたようだ。
「なんですか」とベンチから立ち上がると、鷹村がすたすたと近づいてきて

「オレ様の呼びかけを無視するたぁ、いい度胸してんじゃねーか」
「・・・ちょっと考え事してたんですよ」
「ほぉ・・・考え事?」
「個人的なことですよ」

すると鷹村は、宮田にさらに近づき、額と額がくっつきそうな程の距離で、ニヤリと笑った。


「妹ちゃんの事、考えてたんだろ」
「別に」


負けじと目を逸らさぬ宮田に、鷹村は思わず笑い出す。
宮田は一体何が面白いのかと不服そうな顔をしたが、相手は意にも介していないようだ。
鷹村はひとしきり大笑いしたあと、腕をぐるぐると回して

「まぁいい、ロード行くか」
「・・・・まだ準備終わってないんで、先に行ってください」
「なんだよ遅ぇな。まぁいいや、先行くぜ」

そういって1人、ジムを出て行った。

宮田は一人になり、ふとまた奈々のことを考えた。


奈々はもうこのことを知っているのだろうか?
それとも、まだ知らないのだろうか?
知ったら、傷つくのだろうか?
また、あんな風に泣くのだろうか?

そのことが何故か、自分の心の痛みのように感じた。
ズキズキとうずく胸の奥に、すうっと深呼吸して新鮮な空気を送り込む。

傷ついていなければいいな、と思った。
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