長編「TENDERNESS」
□11.身代わり
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手を離したときの、あの空気の冷たさ。
風が余計にまとわりついて、寂しくなった。
たっちゃんの手は温かくて、分厚くて、
誤魔化しながらでも握り返してくれた優しさに、
私は思いっきり甘えた。
嘘でも良かったんだ。
たっちゃんの側に、いられるのなら。
*****
「おはよ、宮田」
いつものように、机に伏せて寝ている宮田の頭上から挨拶をする。
宮田の頭には、奈々が来た=もうすぐ朝礼が始まる、ということが既にインプットされていて、奈々の挨拶を目覚まし代わりのように思っていた。
「おはよう」
先日の席替えで、奈々の席は宮田の斜め前になった。
宮田からは、否が応でも目に入る距離である。
ふと見ると、奈々からどことなくいつもと違うような雰囲気を感じた。
表情が暗いというか、やや落ち込んだような表情をしている。
しかし、わざわざそれを指摘したり、尋ねたりするつもりはない。
おおかた、木村と何かあったのだろう、と宮田は察した。
外は梅雨のジメジメとした雰囲気で、そのせいもあるのかもしれない。
一日の授業が終わって、下校の頃。
宮田は玄関で立ち尽くす奈々を見かけた。
何やら、キョロキョロと辺りを見回している。
「どうした?」
「あ、宮田。・・・傘、盗られたっぽいんだよね」
「盗られた?」
「うん。見当たらないんだ」
外は大雨が降っていて、とても傘無しで帰れる雰囲気ではない。
傘の特徴を聞いてみたが、どうもそれらしきものは見当たらない。
おそらく傘を忘れた誰かが、持って行ってしまったのだろう。
「駅まででいいか?」
「ん?」
「入れてやるよ」
宮田は手に持っていた傘を広げて、奈々に入るよう目で促した。
「方向、逆じゃない?」
「その駅からでもジム行けるから」
バス亭まで歩き、それからバスが来るのを待つ。
雨が傘を叩く音が、ボタボタと激しく響く。
いつもは饒舌な奈々だったが、今日はずっとふさぎ込んだように大人しい。
宮田はそれが少し気になったが、だからといって何か心配しているようなセリフを吐くことは無かった。