長編「TENDERNESS」

□02.宮田
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たっちゃん、私はまだ覚えてるよ。


小学校の入学式の次の日。
お母さんと離れて、1人で学校に行くのに少し気後れしてた私の手を握って、
一緒に学校に行ってくれたよね。


すごく嬉しくて、ドキドキしたんだ。
たっちゃんは、私がそんな風に思ってたなんて知らないだろうけど。


中学校の時は、たっちゃんは不良になってたし
高校は、たっちゃんはもう辞めちゃったし


もう、一緒に学校には行けないんだね。


たっちゃんのバカ。



2.宮田



あれからジムに顔を出すことは一度も無かった。
木村の練習を邪魔しないように、との理由から。
それゆえ、まさかこんな偶然があるとは思っても居なかった。


秋頃に聞かされた、「宮田も北高受けるらしいぜ」という木村のセリフ。
そして、先日聞かされた「宮田も北高受かったってよ」という木村のセリフ。


一緒に学生生活を送りたかった木村ではなく、ジムで一度会ったっきりの「宮田」と一緒になるなんて。
宮田経由でジムでの木村の様子を聞けるからよしとしよう、と奈々は失礼なことを考えていた。


「おはよう」


入学式前の登校日当日、奈々は校門の前で偶然みつけた宮田に声をかけた。
宮田は奈々を見るなり、まるで初対面かのような態度で


「・・・木村さんの妹だっけ?」
「幼なじみみたいなモンだってば」
「あ、そう」


玄関先に貼られたクラス割り表の前には、すでに多くの新入生がごった返していた。
奈々はそれをかき分けるようにして前進し、自分の名前を探す。
宮田も少し遠巻きに、自分の名前を探しているようだった。


自分の名前を見つけた後、ふと同じクラスの中に「宮田」という名前の人物がいることが分かった。
奈々は宮田の下の名前を知らなかったので、人混みを再度抜けたあと、半信半疑ながら問いかけた。


「宮田、ひょっとして同じクラスじゃない?」
「オレは4組だけど」
「私も4組だよ。一緒だね」


宮田は別段、嬉しいとも悲しいとも言わず、無表情のまま返事すらしなかった。


「それにしても、あんた一郎っていうんだ。見た目と違ってずいぶん古風な名前なのね」
「どうも。オレはアンタの名前すら知らないけど」
「高杉奈々」
「別にどうでもいいよ、覚える気ないから」


ジムで会ったときもさることながら、他人行儀でなおかつ失礼な態度に奈々はだんだんと腹が立ってきた。
わざと他人を遠ざけるような言いぶりに、奈々は随分と水くさい男だと思った。


「失礼ね、一郎のくせに」
「馴れ馴れしく呼ぶな」
「一郎ちゃん♪」
「・・・バカじゃねぇの」


互いに憎まれ口を叩きつつも、気の強さもあってかどちらからとも離れようとしない。
最初に離れた方が“根負けした”ような気がするのだ。


互いに交わす言葉は無くなったものの、一緒に玄関に入り、教室を目指す。
受験の時に一度来たっきりだ。1年生の教室がどこかもよく分からない。


奈々が階段を上がろうとした瞬間のことだった。


「高杉」


宮田が奈々を呼び止めて、


「4組は東階段から上がれってさ」


そういうなり、くるりと向きを変えて1人で歩き始めてしまった。
宮田の背中を見つめながら、奈々はこみ上げてくる笑みを押さえきれなかった。
“覚える気がない”などと言っていたくせに、しれっと名前を呼ぶあたりが憎らしい。


「待ってよ、宮田」
「なんだよ」
「一緒に行こうよ」


奈々の言葉に返事をするかわりに、歩くペースを少し落としてくれたらしい。
少し駆け足をしただけで、すぐ隣に追いついた。
ポケットに両手を入れながら、やや下向きに歩く宮田に対して、奈々は


「あんた、実はいいヤツだね」
「何が?」
「可愛いじゃん」
「お前よりはな」


その言葉に、奈々はバシッと宮田の背中を叩いた。
顔色一つ変えない宮田を、改めて面白いと思った。

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