長編「TENDERNESS」

□32.勇気
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「動けない」なんて、言い訳もいいところ。
本当は「傷つきたくない」んでしょ?

じゃあ今は?
今だって、目も合わせられずに傷ついてるじゃん。

何が違うの?
何も違わない。


欲しい?
欲しい。


手に入れたい?
手に入れたい。


だったら?


答えは、ひとつ。





奈々は1人、部屋に籠もって宿題を片付けていた。
暗くなった外に気がついて時計を見ると、まだ19時前である。
もうそろそろ冬が近づいてきたのだなと思い、季節の流れの早さをつくづくと感じた。


「奈々、お友達が来てるけど?」


母親が部屋のドアを開けて奈々に呼びかけた。
友達、と聞いても誰とも約束していないし、全く心当たりがない。
首をかしげながら、母親に尋ねる。


「誰?」
「宮田くんって子。クラスメイトって言ってたけど」


母親の口から飛び出した言葉に、奈々は驚きを隠せなかった。
その様子をみて、母親が冷やかすように笑いながら


「彼氏ぃ?」
「ち、違うよっ」

慌てて首を振るも、一気に顔が赤くなったのが自分でも分かった。
その様子を見て母親が口元を手で押さえながら笑って、

「上がってもらったら?」
「いや、私が下行く」


そういって部屋を出て階段を下りると、玄関先に宮田が立っているのが見えた。
ジャージ姿で、何の荷物も持っていないところをみると、おそらくロードワークの途中だったのだろう。


「宮田・・・何・・・してんの?」


玄関に辿り着いた奈々がおそるおそる聞くと、宮田は真剣な目つきをしたまま


「悪いけど、ちょっと来てくれるか?」
「・・・・・うん」


奈々は玄関先に置いてあった適当なコートに身を包んで靴を履き、母親に「ちょっと出かけてくる」と言付けしてから、宮田と共に家を出た。
外は冷たい風が吹いている。
ジャージ姿の宮田は寒くないのだろうか、なんて思いながら、少し前を歩く宮田の背中を眺めていた。


ここしばらくあれこれと考えていて、ようやく先ほど「答え」を決意したばかりだというのに。
まさか宮田の方から家を訪ねてくるとは、予想だにしていなかった。
それゆえ先ほど必死に固めたはずの決意が揺らぐ。
そしてまた、自分の意志の弱さや勇気の無さに、嫌気がさした。


互いに無言のまま、近所の公園に到着した。
平日はいつも、子供達が走り回る緑豊かな場所であったが、さすがにこの時間はガランとしている。

ベンチの近くまで歩いてきたあと、宮田は足を止めてようやく奈々の方を振り返った。


「お前に話がある」


既に太陽は完全に姿を消し、頼りになる灯りは公園内の照明程度であった。
宮田の表情は、背後から照らされた照明が逆光となって、よくわからない。
奈々は心臓がどんどん速まっているのが分かった。


「な、なに・・・?」


おそるおそる聞き返すと、宮田は少しうつむいて、また顔を上げて


「酷いことを言って、すまなかった」


そういうと、宮田は頭を下げた。
奈々はまさか謝られるとは思っていなかったため、急なことに驚いて聞き返す。


「酷いこと・・・って?」


すると宮田は顔を上げ、奈々の目を見つめながら言った。


「もう関わるな、って言ったこと」
「・・・・いや・・・私もそう言われて意地になってたし・・・」


宮田がずっと自分を見つめるので、奈々は気恥ずかしさからとうとう目を逸らして、口籠もらせながら答えを返す。
すると宮田は一歩前に出て、さらに奈々との距離を縮めて、


「弁解がましいかもしれねーけどよ・・・木村さんとのこと、邪魔しないようにって思ったんだ。オレと居ると変な噂が立つだろ?」


その言葉に奈々は、やはり宮田はまだ自分が木村のことを好きだと思いこんでいるのだと、落胆にも似た気持ちを味わった。


「でも、女に言う台詞じゃなかったな・・・・すまなかった」


そういって宮田は再び、うつむくようにして小さく頭を垂れた。
その様子を見て奈々は、酷く胸を打たれた。


宮田は優しいんだ。


元々知ってはいたが、改めてそう思い知らされる。
木村との関係や自分の立場を考えて「関わるな」と突き放し、自分がそれで落ち込むと「すまなかった」と頭を下げてくれた。
宮田はいつだって自分のことを考えてくれていたのだ。

わざわざここに呼び出されて、奈々は内心別の告白をされるのではないか、という自意識過剰な期待もしていた。
しかしどうやら宮田の「告白」はこの謝罪だったらしい。
変な期待を抱いた自分を笑いたくなったが、その自嘲を理由に逃げることはもう出来ないと思った。
これほどまでに、自分を気遣ってくれた相手が目の前に居るのだから。
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