長編「TENDERNESS」

□30.見つめる瞳
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無理に笑ってる自分が悲しい。

相手に聞こえるように、いつもより大声で笑って
「ワタシハ ヘイキ デス」
なんて寒々しいアピールを届ける自分が痛々しい。

どんなことをしたってもう、相手は目も合わせてくれない。
あの意地悪そうな微笑みが懐かしい。
あの温かい手に、もう一度触れたい。

そんなことを言ったら、優しい宮田のことだから
困った顔をして、考え込んでしまうだろう。
そういった気苦労は、ボクシングの練習の邪魔になるかもしれない。

寒々しいアピールでもいい。
嘘でもいい。

「ワタシハ ゲンキ デス」

そういうフリをしよう。

宮田がそれを望むなら。







「奈々、入るぞぉ」


ドア越し声が聞こえたので「はーい?」と気の抜けた返事をすると、ガチャリと静かに扉が開き、木村が立っているのが見えた。


「たっちゃん、珍しいねウチに来るの。どうしたの?」
「いや、マガジン返しに来たのと・・」


木村が言い終わる前に、奈々は笑って


「新しいの借りに来た、と」
「ご名答」
「全く、自分で買いなよねぇ」
「近所に2冊も要らねぇだろ」
「なにそれ」


呆れた返事をする奈々に木村は微笑みを返し、持参したマガジンを手渡した。
それからおもむろにジャケットを脱ぎ、ベッドサイドに置いてあるマガジンの最新号を抜け目なく見つけると、それを手にとってベッドに腰掛けた。まるで自分の部屋かのようにくつろいでいる。


「達也お兄様」
「なんだ、妹」


恭しい奈々の呼びかけに、木村は漫画に目線を落としページをめくりながら答えた。


「ここで読んでくの?」
「ダメか?」
「・・・別にいいけど。私、宿題やってるから邪魔しないでよね」
「あいあい」


奈々は再び机に腰掛けて、開いたままの教科書に目を落とした。
背中の向こうで、木村がペラペラとページをめくる音が聞こえる。
殆ど音のない静かな空間と、珍しく部屋にやってき木村と二人だけの雰囲気に、奈々は少々落ち着かなかった。


「お前、最近どうなのよ?」


木村の声が背中に刺さる。


「何が?」


冷静を装って答えてはみたものの、必死に目線を落としているはずの教科書の内容は、何も頭に入らない。


「元気ねぇなぁ、と思ってよ」
「そんなことないよ」


間髪入れずに答えると、後ろからパタンと雑誌を閉じる音が聞こえた。


「宮田とはどーなったのよ?」


木村の声のトーンは相変わらず落ち着いていて、だからこそ余計に答えづらいと奈々は思った。
余計な心配をかけないためにも嘘をつくべきかと思ったが、一方で嘘をついたところで何になるという疑念も沸く。
なかなか返事をしない奈々に、木村は何かを感じ取ったらしい。
すっくと立ち上がって、背を向けたままの奈々の頭にポンと手を置いた。


「なにかあったんじゃないのか?」


頭に乗せられた手のひらの暖かさに、奈々は思わず涙腺が緩んだ。
どうして、この人たちは自分の変化に鋭いのだろうと、不思議な笑みも浮かぶ。

自分では笑っているつもりが、気がつけば頬に涙が伝っていた。
その様子に気付いた木村は、一瞬手をピクリとさせて驚いた。


「たっちゃん・・・」
「んー?」
「あのね・・・・」


そこまで言って、声にならなくなった。
奈々は溢れ出る涙を両手で拭いながら、机に伏せるように身体を丸めた。
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