深海少女

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テニスコートの周りでよく聞くような---女子特有の甲高い声に意識が戻された


こっちは今日も朝が早かったから眠いってのに・・・


「・・・うるさいんだけど」

「!!ご、ごめんねリョーマ君!!」


机に伏せていた顔を起こせば、何かの雑誌を読んでいる竜崎と小坂田
と、その机の周りにイスを移動させてその雑誌を覗き込んでいる堀尾、加藤、水野の1年生トリオ

この顔ぶれが勝手に俺の隣で弁当を食べている光景には、もう慣れた。


顔を顰めて睨めば、俺の苛立ちに気付いていないのか空気が読めないのか・・・(たぶん後者だ)
堀尾が「越前は甘いもの好きか?」とその雑誌を俺の目の前に広げる。


テニス雑誌じゃない普通の---しかも女子が読むような雑誌に、普段ならなんの興味も沸かないんだけど・・・



「ねぇ、それさ」

「う、うん!!」


アメリカのケーキを思い出すような目に痛い色で埋め尽くされたページには

『大人気!!青春台のケーキ屋さん「spring」で限定のマカロン』の文字


「そこでしか買えないわけ?」

「そうなんですよリョーマ様っ!!このケーキ屋さんケーキもすごく美味しいんですけど、今一番人気なのはマカロンなんです!!」

「あ、俺ここ知ってる。前通ったらすげー甘い匂いするよな」


話題に食いついた俺を一瞬珍しい、という目で見たが
その後すぐに、俺の倍以上の食い付きを返された。


「あのねっ、期間限定で、季節にあったマカロンも売ってるんだよ」

「見ろよこれ、すげぇ変り種…ほうれん草だって!!」

「うえ・・・こんなの買う奴いるの?」

「結構有名なんですよココ!!他県から来た人がおみやげにしてるみたいだし!!」


「ふぅん…」


神奈川のあの人が東京に、それも青春台に来ることなんてそう頻繁には無いだろう。



『リョーマ君。あの猫・・・カルピン君は元気にしてる?』



思い出したのは、差し出された携帯電話に1つだけ付いていたストラップ

小さなピンク色のモチーフは、お菓子


確かに、マカロンだった。



「(俺の記憶力もなかなかじゃん。なんてね)」

「リョーマ君?」

「ちょっとそれ、見せてくんない?」


一つあくびを零し、机から肘を上げて
しっかり地図を見て確認すれば・・・ああ、ここ桃先輩によく連れて行かれるマックの近くだ。


「誰かにあげる、の?」


おそるおそる・・・窺うように尋ねてくる竜崎と、何時も通り目を輝かせている小坂田

「何言ってんだ?まさか越前がそんな---」と言いかけた堀尾をわざと遮って


「まぁね」


ニヤリ、と


「「!!」」


「リョ、リョーマ様!?そそ、それって彼女とか、ですか!?」

「う、嘘・・・!!」

「越前彼女いたのかよ!!」


「いいじゃん別に」


否定も肯定もしない言葉に、悲鳴のような声が上がった。しかも教室中から。

普通の会話を盗み聞きみたいな事されていい気分なわけないし、いつもだったら煩いと不快に思う甲高い声なのに



悪くないかもね、なんて



「(まだまだだね)」




+++++




「おっチビィィイイイー!!」


どすん!!と背に圧し掛かられる衝撃

と、同時に聞きなれた声


「なんスか・・・菊丸先輩」


部室を出てテニスコートへ行こう、としていた所を強制的に引き止められる。

ユニフォームに着替えている俺に対し、この人はまだ制服姿だ


「ふっふーん♪俺、聞いちゃったモンねー」

「はぁ・・・」

「越前!!お前、彼女できたってホントなのかよ!?」

「ちょ…っ、桃―!!俺が今言おうと思ってたのにィー!!」

「あ、すいませんっス英二先輩。で、どうなんだよ越前!!」

「桃先輩・・・」


どこから現れたのか、1つ上の先輩まで俺の肩を掴んで揺さぶってくる。


その後ろには、制服姿の不二先輩と河村先輩に海堂先輩

さらに2人の騒ぎ声を聞きつけて、部室の中にいた手塚部長と大石先輩、乾先輩までやってきた。



「また何をやってるんだ、英二」

「あ、おーいしも聞いたでしょ、おチビの噂!!」

「え?あ、ああ…まぁ、確かに・・・いや、でもそれは個人のことなんだし・・・」

「ふふ、3年の方でも女子が随分と騒いでたからね。」

「そうそう、テニス部の越前君に彼女がー!!きゃあどうしましょーってにゃー!!」

「水臭ぇな水臭ぇよ越前。彼女が出来た報告ぐらいしてくれてもいいじゃねぇか」

「非常に興味深いデータなんだかな、越前」


にやにやと似た表情で笑う菊丸先輩に桃先輩

大石先輩は困ったように苦笑し、不二先輩は・・・何時もの(不気味な)笑顔だ

乾先輩も何時も通り眼鏡が光っている。



「でさでさ、本当にゃの?越前」

「・・・違うっス」

「なんだよ、やっぱりガゼネ・・・」



「あの人はまだ彼女じゃないっスから」



「「・・・は?」」



言った次の瞬間に、笑った顔のまま固まる先輩2人

想像通りの反応に、思わず顔に笑みが浮かぶ



「いま、アピール中なんで」

「・・・・」



目の前から目線をずらし、俺が見たのは---



「邪魔しないでくださいね、手塚部長」

「・・・・・」


「え?手塚?え?」



部長は俺が誰の事を言っているか悟ったのだろう

何だかんだ言って部長は勘の良い人だし。


いつも以上に眉間に寄る皺に、口角も上がる



「負けないっスよ」




「え、越前・・・」


前を向けば、若干顔を青くしている桃先輩

ああ、桃先輩もわかったみたいだ。


挑戦的に笑う俺と対照的に、その笑顔はどんどん引き攣っていく


「きっかけは桃先輩じゃなくてカルピンなんで、気にしなくてもいいっすよ」

「え・・・いやお前、え?」




まだまだこれから。



負ける気なんて、さらさら無いね。








2012.1.12

しかし敵は手塚ではない。

頑張れ王子様。君の敵はクールな年上の男と、何より夢主張本人だ。
 

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